「パリでテロがあった日」
パリに行ったのは、何の気なしもなかった。私には「ぷーちゃん」と呼ぶことのある奇妙な連れがいる。ひょいっと私の前に顔を出す、どこにでもひょっこりついてくる人物だ。
最近、私は「ぷーちゃん」がきれいなものを見るといいんじゃないかと考えだしていた。なんだかよくわからないが、なんだかんだいって自分の時間を割いてくれているのだ。たまにはいいじゃないかと、ふらっとフランス行きの切符を買ってしまった。
フランス語の語学学習アプリと、フランス語会話集に辞書、私のフランス語は、上手ではなく、よく考えてみれば、ツアーで行ったほうが良かったかも知れなかった。
パリに立った時、石造りの多さはまさに異国。ふらふらと歩きながら、東洋人の自分が幼く見えること、パリの空気は乾いていると感じた。
こんな異国の地に来ても私は思ってしまう。私はどこへいっても「ぷーちゃん」という、奇妙なオンブル(フランス語で影)がそっといるのではないかと。
マロニエの花を摘みながら、マロニエは赤があることを知り、椿姫のヴィオレッタの恋人と会える日の合図は赤い椿だったか白い椿だったかと考え込んでしまった。どこともなく、なんとなく読めるフランス語の地図、日本で平和ボケしている私は、平和な感覚のまま名所巡りをすることに決めた。現実には美しい建物が盛りだくさんなのだ、実際SNSでつながっている友人が美術好きだったりするので、お土産の写真のつもりでアップしなければならない。
土産がフランスパンだとカビが生えてしまうし、エルメスのブランドを買いまくるには、私の資金は足りなかった。
それにしても、フランス料理は、油こってりフルコースだけじゃないことが店を見るとわかる。あれは、どう考えてもパーティー用、野菜やあっさりしたスープもある。私の知る限りのフランス映画やフランスの町の人々が極端に太めの人が多いと思えない理由がどこかでわかりはじめた。空は日本の空と違い湿気のなさから澄み渡るように水色で、空気も光も印象派の絵のようにきらめいていた。同じ首都でも東京の味気ないアスファルトやビル群と違い、古い建物がよく使われている美しい首都だと思った。
凱旋門に、エッフェル塔、凱旋はナポレオン時代だったかもしれない、エッフェル塔は当時は壊される予定だったらしい。歴史の矛盾がおもしろいようにある。そのミステリアスは面白くてしょうがない。
声をかけてくる野菜売りのおばさんも、私を子供だとおもっているようで、口調や笑顔が優しい。
「メルスィ」
「サリュ」
片言ながらにこにことあいさつを返していた。ここでは私は子供なんだと思うと、凱旋門に登ってみたくもなるくらい、気分は軽快になり、スキップをしながら歩いていた。はたから見るとおのぼりさんの東洋人だったかもしれない。
スキップ、スキップ、石畳にはまって、つまずかない程度、カンカン踊りで足を上げても見ようとしたが、実年齢の私の足はさすがに上がらないし、ズボンなので誰も楽しくないと思いながらも、本当は180度位を60度くらいにしてあげてみたりもしいてた。
その時、後ろでドーンという音がした、それと同時に花火のような閃光が目に突き刺さった。
一瞬何が起きたか分からなかった。気がつけばある建物から黒い煙がもうもうと立ち上っている。周りの人々の悲鳴。
「ドーン」
次の音はもっと近かった。私は今度はもっと近いんじゃないかと、はっとした。何かが起きている。
「気をつけろ、イスラム過激派のテロだ!」隣で聞きなれた日本語をきき、私はびっくりした。
「はい、ありがとうございます」
こんなときにまで挨拶している自分に半分あきれながらみると、「ぷーちゃん」だった。
しげしげと見てしまった。
私が最後に見たときより太っていた。これじゃぷーちゃんというよりぶーちゃんだ。
私の物見高そうな、好奇心とにやにや笑いの顔を見て
「ふざけんなよ、俺が太ったって言いたいんだろ!馬鹿かよ、こんなときに」
私はこんな時なのに、笑いが止まらなかった。
「ドーン」
また爆裂音がした時、私の背中は熱風を感じた。笑っている場合ではないことがようやくわかってきた。
「逃げるよ!」
私は、はじめて「ぷーちゃん」と口をきいた。
「おまえ、しゃべれないんじゃ」
そんなわけはない、「ぷーちゃん」と話したことがないだけだ。
「走れるね」
「うん…。」
なんだか頼りない声だなあと思った。「ぷーちゃん」をよく見ればまだ幼さが残っていた。
こうなると、私のほうがこの子を無事にしなければという使命感に駆られて、一気に現場から反対方向へ駆けて行った。こんなときにも日本で教師をやっていたことが、ぬけないらしい。
「ぷーちゃん」の手をひっぱり私はモンマルトルのほうへ向かった。フランスはカトリック教国、そこにはサクレ・クールという教会がある。
「どこ行くんだよ」
息がもう上がってきた「ぷーちゃん」鍛錬が足りない。
「カトリック教会」
「ええっ、イスラムに余計に狙われるんじゃ!」
「違うよ、今回は新聞社が狙われている、この間の失礼な風刺の絵のせいだよ」
「そんなこといったって、お前俺殺す気!」
なんてしつれいなんだ、むっとしたが、ブーイングされても手を引っ張って、走った。
一応、首にロザリオをかけているカトリック教徒の私だ。
国は違っても、神の兄弟たちがいるとわからない信頼で突っ走りまくった。
「もう最悪、あんたにかかわるとロクな事ない…」
「いつもくっついてくるからだよ」
「くっつきたいの!」
「成人男子がくっついたらセクハラだよ…」
「だって、おかあちゃんにそっくりなんだもん」
いつから私がこの子のお母ちゃんになったんだろうか…。マザコンだったんか…、いろんな意味で悲しくなってきた。マザコンで、どう考えても私は息を切らしていないのに、もう肩で息をしているような、頼りなげな表情の軟弱なデブの子に追っかけまわされて、あげくのはてに、漫才のような喧嘩を繰り広げながら、爆音の中を走っている。はたから見たら、ガキっぽい私の外見から見ると、デブの東洋人の男の子が、女の子にひきずられているというシュールな図だ。
さすが、芸術の都パリ。シュールレアリスムが現代にも生きているのだ。だれも、そんな絵を買いたくないかもしれなくても絵心のあるシュールレアリストの画家がこの騒ぎで墓からよみがえってきたら絵に書いてくれたかもしれない。
「ぷーちゃん、あともうすぐで教会だよ」
「ぷーちゃんって俺?」
「かわいくない?」
「なんかいや…」
きっと、デブになったことがこたえているのかもしれない、無意識に私の「ぷー」が「ぶー」を暗示してしまいがちなことが彼にはわかるのかもしれなかった。
「着いたよ」
息を切らせた二人組がふらふらとモンマルトルに来た時、そこにいる娼婦やジゴロとみられる人たちは目を丸くしていた。
「サヴァ」
私はとびきりの笑顔を作って挨拶をした。
「サクレ・クール?」
指をさしながら聞いた。
「ウイ」
「メルスィ」
親切な街の華たちに見送られながら私たちは、昼の鐘を鳴らす、聖堂に入って行った。
ステンドグラスに、壮言な雰囲気、爆音などなかったかのような静寂。
私は、助かったことを神に感謝するために左肩、右肩、額、心臓に手で触れながら
「父と子と聖霊の御名において、アーメン」と感謝の祈りをささげた。
「おまえってやっぱりカトリック…」
はじめて知った私のある一面に目をまん丸くするぷーちゃんの頭に手を置いて
「聖霊の祝福がありますように」
と洗礼前の祝福のまねをした。
ボーとしたように私の顔をぷーちゃんは眺める。
その顔はいくら太っていても、まだうら若い幼さののこる青年の顔だった。
「おかあちゃん、そっくり」
恍惚とする「ぷーちゃん」は急に顔色が悪くなった。
「どうしたの?」
「財布落とした」
「大使館いったら」
「もとから足りないんだよな」
しんとした沈黙がわたしとぷーちゃんの間に流れた。
「帰りどうやって帰るの…」
「大丈夫、俺売春して帰る計画だったんだ。モンマルトル連れてきてくれてありがとう」
モンマルトルの左岸は有名な男娼の街。
「楽しみだな、どきどきしてきたぞ」
楽しげな「ぷーちゃん」。
フランスの愛を体現している「ぷーちゃん」。
私は「ぷーちゃん」が無事帰ってくることを教会で祈ることにした。
「あなたさまのように罪を犯しても神はいつでも許す気であなたをおまちしております」
「戻ってくるから待っててね」
「はい、おまちしていますよ」
十字架のイエスがほほ笑んでいるように柔らかい日の光に照らされていた。
退会したユーザー ゲスト | 2017-08-13 00:24
退会したユーザーのコメントは表示されません。
※管理者と投稿者には表示されます。
よたか 投稿者 | 2017-08-16 22:22
とても好きな文体なのですが、場面ごとの把握がしにくかった。
体を売ってでも、帰ることができたらいいですね。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:16
ありがとうございます。さいごに「ぷーちゃん」は幸せに生きている子になる設定です。
藤城孝輔 投稿者 | 2017-08-19 14:58
ぷーちゃんのことを「奇妙な連れ」「奇妙なオンブル(フランス語で影)」と冒頭で執拗に説明しているため、手品の種を最初から明かされてしまったような気分になる。読み手に解釈する楽しみを残してほしい。それと「奇妙な」のような価値判断を伴う形容詞は使えば使うほど陳腐化していき、読み手は白けるばかりである。
また、状況をイメージしづらい表現が多く、物語に入り込みにくく感じた。例えば「後ろでドーンという音がした、それと同時に花火のような閃光が目に突き刺さった」というくだりでは、背後で爆発があったのにどうして閃光が眼前に見えたのだろうかと考え込んでしまった。何かに反射したにしても、言葉が足りない。また、モンマントルは丘なので川岸を意味する「左岸」は不適切。さらに、シャルリー・エブド事件を暗示しているのであれば、現場からサクレ・クールまで6キロ以上あり全力で走るとものすごく疲れる。主人公たちはどこから走っているのか? 作者の頭の中にある情景を赤の他人と共有するために、言葉や描写にもっと気を配る必要があると思う。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-19 15:30
辛口のコメントをどうも。
モンマルトルは丘だけれど、左岸と右岸という言い方はあります。「ハニーヴァイオレット」とかモンマルトルを舞台に描いているものがあるので。
自分の主観をその他大勢の考え方のように書くのは卑怯ですね。「読み手」ではなく、あなたでしょう?これくらい物を書く人間のはしくれなら反論はくるとおもってください。
後、物理的な証拠をあげるなら「走れメロス」も物理的な距離を考えるとメロスがシラクサの町に戻った時メロスのスピードで突っ込むと、メロスが人間ミサイルと化して町は崩壊だそうです。
退会したユーザー ゲスト | 2017-08-19 18:02
退会したユーザーのコメントは表示されません。
※管理者と投稿者には表示されます。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-19 21:24
そうなんです。ぷーちゃんと私の関係性がわかりづらいんです。単なる変人同士が
ふらふらとしている設定なんですけど、わかりづらいです。
今みなおして台詞の後、ドッチガセリフを言ったか書けばよかったと思いました。
ありがとうございます。
Juan.B 編集者 | 2017-08-20 23:46
テロが起きてるのに緊迫感があまりない。
ぷーちゃんと言い、のんびりとしたセリフと言い、夢の中を走っているのかも知れないように見える。なんだかんだ言ってぷーちゃんに守られてる、そんな安心感だろうか。もう少しテロの情景が欲しい。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:18
はい、主人公は、安心しているし、この事態が怖いと思ってません。
テロリストに囲まれるところも書けばよかったです。
斧田小夜 投稿者 | 2017-08-21 12:05
旅行者の浮ついた気持ちはあるあるで良かったのですが、テーマがいまいちわかりませんでした。爆発音が場所を移動するきっかけでしかないのなら、いっそのことテロなんて自分には関係ないというスタンスで書いたほうが小説としておさまりがよくなるように思います。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:19
はい、テロを無視しまくっている党パターンもありました。ありがとうございます。
退会したユーザー ゲスト | 2017-08-21 15:57
退会したユーザーのコメントは表示されません。
※管理者と投稿者には表示されます。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:21
観念だと読むと、私自身も誰かの観念が生み出したものでもあるかもしれません。第三者がミているように書いたほうが観念だったらよかったと思います。
アサミ・ラムジフスキー 投稿者 | 2017-08-24 14:13
ぷーちゃんのぼやかし方や読者との距離感の測り方が良い。正体不明の存在について語りすぎず、かつ語らなすぎずという距離感を保ったまま物語を動かしていくのは、簡単そうで簡単ではない。ぷーちゃんが絵に描いたようなジェントルマンなどではなく気持ち悪い人間だというのもよかった。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:23
ありがとうございます。
また、精進します!
高橋文樹 編集長 | 2017-08-24 18:26
ぷーちゃんが最後に影だとわかった方が良かった。パリ感はよく出ているが、テロ感が足りない。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:25
はい、どうせならテロリストに囲まれてしまった瞬間とか書けばよかったです。ぷーちゃんがテロに共感してしまうとか、大慌てで止めまくる教会の人々が「神よ!」と大絶叫して、讃美歌がラストとかもありました。
亜山寿 投稿者 | 2017-08-24 20:33
オチの意味が解読できなかったんですけど、でもなんかの意味があるような感じがして、感覚的には腑に落ちる感じでした。
後半が、寝ているときに見る夢っぽかったです。全体的に不思議で、分かろうとしないで読むと良さが分かる作品、と思いました。
アクアミュージアム 投稿者 | 2017-08-24 21:38
最後の「キリストの微笑み」は「ぷーちゃん」はハッピーエンドを迎えられることの暗示です。かりに現実がテロでも走りまくっている主人公たちは、夢の中のように走っているんだと思います。
ありがとうございます!