さきがけ
腥田をにゆり
実のところ、僕は神通力を持ってゐる。
揚げじゃがの金色の息吹きの後に必ず地に水がみなぎり、野分と大洪水が悔い改めない奴らを滅ぼす。さう、湖の蛙もその頃は自らの宿業を成し、巻き上げられては穢れの霪雨を興すのだ。僕が、「主の言ふことを信ずる者は救はれ、さうでない者は裁かれる」と己のヴィジヨンを話したところ、周りの愚鈍たちは誰一人も信じて呉れなかった。まるで僕は単なる暖簾師ではないか。——然し、僕のヴィジヨンは間違いなく正しい筈だ。今の陽和は夲の少しとした偽りの平穏である。さう、此ヴィジヨンは宇宙天地を創造した彼から贈られた、尊き聖なる秘密である。必ずや、代辯者である僕を信じない愚鈍に天罰を……。あの科学精神の男は正しくさうだ。このメッセヱジを信用せず、阿諛便佞である彼は重焼麺麭の湿気具合で、創造主の聖なる設計図を測ろうとして、実に不遜であった。此奴は今頃も己の傲慢さに気付かず——さうだけではなく、科学精神といふ誤りを盲信して、罪を悔い改めない人は軈て、やってくる大洪水に思い知らされるのであろう。
約束された大領地から、再び揚げじゃがの金色の息吹きがぷんぷんと漏れ出して、此ヴィジヨンに対する疑心も漸く、固まった確信へと変化して、僕はトンネルが激流に呑まれる前に、トンネルに潜って、長くて滑らかな暗闇を超える先の石片の頂きに辿り着いた。
安息の地——約束された大領地は石片のあいだに在るのだ。
約束された大領地には乳と蜜が流れて、夜になれば星の光は太陽のように輝く、暗闇を恐れることもなかった。然し、低地には灰色の騎兵が徘徊して、時折りあの麻の木で刀身を磨いて、それでも危険を顧みず、僕は偉大な彼に忠実でありながら、聖なる設計図に従ふのだ。我が一族の先駈けとして、約束された大領地で新たな穀倉を見つけたら、皆にその設計図は偽りがないのを証明するのだ。
騎兵は鋭い眼を持ち合はせても所詮、世界の広さを知らず既に怠惰や放埒に溺れ、黒い部族が通り過ぎても一瞥しなかった。黒い部族が次第に散乱したクズ山の中で遊牧して、僕は彼らの一人に問うた。
「汝らも、召命を受けたのか。やがて到来する風と雨から免れるよう、彼に仕える者であれば、同じ寵愛を賜る兄弟であれば、教へて呉れ。穀倉の蓄えは我が一族を飽食させるのに足り得るのか」
「風と雨?ああ、颱風のことか。あれを視ろ」と黒い部族の指した方向には、奇妙な風景が顕れた。間違ひなく主の奇跡である。
各地の喧囂が延々と流れて、遠い土地に到来する風と雨がその窓から視える。先ほど横断した北の窓では無風だったが、この窓は魔法の窓であって、窓の外では僕のヴィジヨンと恐る程にぴったりと合致してゐた。
「田舎者め、あれは窓じゃないんだ。ちゃんと後ろまで回ってみ、魔法の鏡だと解る」
と黒い部族の者は再びクズ山に戻り、僕は仕方なく一人で穀倉を探すしかなかった。
暫くして、全ての窓が振動し始めて、穀倉が見つからぬまま、僕は未だ外にゐる一族のことを一度心配して、同時に科学者の男と、あの時の他の愚鈍たちの軽蔑な嘲笑を思い出したのだ。
僕は、奴らを救へぬのだ。今更ではトンネルには彼の怒りのみ満ち満ちして、ドバドバと潮流のようにして狂瀾怒濤の如くであった。向こう側にある天と繋ぐ梯子も、ただの鏈のように旋回して、下に有るのは大きな水溜り一つだった。
その後、暴風が永遠に思へふほど長く続いた。いつの間にか窓の振動が軈て平穏に戻り、然し、選ばれた僕はかつての故郷に戻ることもなく、日に日に信仰心を高め、大領地に棲む巨人と騎兵から逃げながらも昔日の愚鈍たちを心の底から嘲笑するのであった。
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