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幸運の女神にチェーンソーを

たかひろ

「第二回 暗黒文学祭」応募作です。
幸運の女神と悪魔信仰を描いたカオスなお話です。

小説

6,345文字

「ビンゴ大会一等賞、3万円分の商品券はわが営業部の若手ホープ鈴木君に当たりました〜」

司会進行であるチャラい見た目の営業主任が発する景気のいい声が、忘年会の会場である洒落たイタリアンレストランに響き渡る。忘年会のために貸切になっているので、他のお客さんから文句を言われることは無く、気兼ねなく騒ぐことができる。

営業部のホープかつイケメンで陽キャの鈴木君は、満面の笑みを浮かべてよしっ!と勢いよくガッツポーズをとり、全身で喜びを表現している。

「我が社のアイドル、山下さんとの結婚が決まっている鈴木君、ビンゴの一等賞も当てるとはやりますねえ~」

いつのまにか、山下さんが鈴木君の横に立っていた。アイドルと呼んでいる人も多いが、港区女子を彷彿とさせる見た目で私は苦手である。髪型はロングの巻き髪、顔は整形顔(整形しているか聞くわけにはいかないので本当に整形かは不明)やいつも着ている服は、高級ブランドっぽいワンピース(中華系の通販サイトでそれっぽい服を買っているとのことで、それほど高くは無いらしい)といかにも、勝ち組陽キャが好きそうな見た目である。

鈴木君もツーブロックの髪型と青いスーツに尖った革靴、活力と自信みなぎる性格の陽キャであり、私のような非イケメンの陰キャにとっては天敵である。

幸せそうな陽キャ二人を横目に、私は目の前の瓶から手酌で自分のグラスにビールを注いだ。

「そういえば、二等賞も三等賞も当たったのはイケメン男子じゃないですか、二等賞はわが社のWeb制作を担当しているデザイナーの長谷川君、三等賞は新卒採用を担当している吉田君、幸運の女神はイケメンに微笑むんですね~」

陽キャカップル二人から少し距離を置いて、長谷川君、吉田君が並んで立っており、笑顔で小さく拍手をしている。

長谷川君は、青いジャケットの下に白いTシャツを着ているタイプの、細身で知的な感じのイケメンで、会社のPCは基本的にはWindowsなのだが、Webデザイナーは特例ということで、Mac Bookの使用を許可されている。休日も趣味で友人知人に頼まれたイラストやデザインを作成しており、自宅近くのスターバックスで私用のMac Bookで作業をしているらしい。

吉田君は、元ラグビー部であり、筋骨隆々で常に日焼けしているタイプ、いわゆる体育会系である。筋トレと自己啓発本を読むことが趣味で、社内用のSNSでよくおすすめの自己啓発本を紹介している。いつもFacebookで己が自己研鑽を惜しまない人間であり、常に高い目標を持って生きていることをアピールしている人物である。整った顔立ちをしているが、女性よりもそっち系の男性に好かれそうなタイプである。

「でも、鈴木君にとっての幸運の女神は、山下さんですよね~。鈴木君、何かコメントをお願いします」

 

鈴木君がマイクを受けとり、喋り始めたが、もはやこの雰囲気は陰キャの自分には関係ないと思い、目の前の瓶を手に取り、手酌で自分のグラスにビールを注ぐ。

――幸運の女神はイケメンに微笑む

さっき聞いた言葉が頭をよぎる。

ビンゴに勝つために必要なのは「運」のみ。すなわち、勝つには幸運の女神とやらに微笑んでもらうしかない。結果、幸運の女神に微笑んでもらったのはイケメン……

そうだよね。女神とはいえ女性なんだから、自分みたいな非モテ陰キャよりもイケメン陽キャの方が好きだよね。

かすりもしなかった自分のビンゴカードを見て、「幸運の女神は陰キャには微笑まないのか」と諦めの感情とともに、残ったグラスのビールを飲み干した。

 

 

忘年会が終わり、若い陽キャが二次会に行こうかとはしゃいでいるのを横目に、自宅近くの行きつけのバーで一人二次会という形で飲みなおそうと思って、会場のイタリアンレストランを後にし、電車に乗り自宅の最寄り駅へ帰ることにした。

自宅の最寄り駅までは地下鉄で30分ほどかかる。幸いなことに座席が一つ空いていたので、座って帰ることにした。行きつけのバーの一人二次会に備え、少しでも体内に回った酒を抜こうと、自販機で買ったミネラルウォーターを少し飲んだ後、体内のアルコールを吐き出すようなイメージでこっそり深呼吸すると、少しお酒が抜けたような気がする。

到着まで時間があるので、スマホで幸運の女神について調べてみる。

一般的に幸運の女神は、主にローマ神話に登場する「フォルトゥナ」という運命の女神を指すとのこと。英単語「Fortune」の語源らしい。あるサイトに運命を操るための車輪を携えているとの説明を見て、女神転生に胴体部分が車輪である種族が女神の「フォルトゥナ」というキャラがいたことを思い出した。

そういえば、さっきビンゴで三等を取った吉田君が、何か月か前にFacebookで「幸運の女神には前髪しかない、訪れたその時に掴むしかない!後で掴もうとしても、後ろ髪が無いため捕まえることができない!」という自己啓発系の投稿をしていた気がする。その言葉についてもスマホで検索してみる。レオナルド・ダ・ヴィンチが残した言葉とのことだが、どうやら前髪しかないのは「フォルトゥナ」ではなく、ギリシャ神話で時・好機の神と呼ばれている「カイロス」という前髪しかなくて後頭部が禿げた男神とのこと。後に運命の女神「フォルトゥーナ」と混同され「幸運の女神には前髪しかない」という言葉になったそうだ。ずいぶんいい加減だな。たしかに、後ろ髪が無い女性の髪形ってあまり聞かない気がするし、女神の髪の毛を掴んで捕まえるというDV男を連想させる光景にも違和感を感じていたので、少し納得できた気がする。

 

 

そんなことを考えていると、最寄り駅についた、アルコールも少し抜けた気がする。改札を出て、大通りから細くて静かな路地に入り、徒歩3分ほどのところにある、ちょっと外壁や内装がくたびれてきた感じのする隠れ家的なミュージックバー。ここには5年ほど前から週一くらいで通っている。

ドアを開けると、50代くらいのマスターが迎えてくれる。元は一流企業の役職者だったらしいが、会社の人員削減に応じて希望退職し、退職金でこのバーを始めたそうだ。

席に着いて、ハイボールを頼むと「あと10分くらいでライブが始まりますよ」とマスターが教えてくれた。

ここでは時々、バーの隅の小さなステージで投げ銭制のライブがある。ライブ後に箱が回ってきて任意の金額の投げ銭をするタイプのやつである。

ユニクロのTシャツにチノパンという地味な格好のしょぼくれた感じの、人のよさそうなおじさんがアコースティックギターを持ってステージに上がり、マイクスタンドの高さを調整した後に、マイクに向かって言った。

「初めてのかたもいらっしゃると思いますので説明します。私はサタニスト、つまり悪魔信仰のミュージシャンです」

 

悪魔信仰……?

悪魔、ミュージシャンと言われて思いつく私がジャンルは、ヘビーメタルやデスメタルである。

しかし、私の前にいるのはアコースティックギターを持った、見た目がしょぼくれたおじさんである。頭が混乱していると、サタニストのおじさんの演奏が始まった。

ヘビーメタルやデスメタルとは似ても似つかない、アコースティックギター弾き語りの美しいバラードである。しかもかなりの歌唱力だ。高音の伸びやビブラートが美しくバーに響き渡る。

ただ、歌詞のところどころに「神という抑圧から解放された自由」「いるかいないかわからない神様よりも、そこにいる悪魔を信じよう」などのそれらしき不穏な歌詞がある。

そうして30分ほど、バラードやブルース調の曲などを弾き語りで聞かせてくれた。

 

「次が最後の曲になります。景気よく行きましょう!『不幸の女神』」

サタニストのおじさんが景気よくギターをかき鳴らし、歌い始めた。

幸運の女神について歌った曲だ。「幸運の女神はお前には微笑まない。ビッチだから金持ちやイケメンが大好きなのさ、幸運の女神よりも悪魔を信じたほうが幸せになれるぜ(意訳)」という内容の歌だ。明るくポップな曲調とは裏腹に辛辣な歌詞である。だが、忘年会で感じた「幸運の女神」というやつに対する違和感と同じことを歌っている。気に入った。

おじさんは歌を終えると、一礼してステージを降りた。歌が気に入ったので、その後すぐに回ってきた投げ銭用の箱に、多めにお金を入れておいた。

 

こういう小さなライブバーのいい所は、客と演者の距離が近い所である。さっきのサタニストのおじさんがステージを終え、店の常連と一緒にすがすがしい顔でビールを飲んでいる。

最後の「不幸の女神」について聞いてみようと思って、サタニストのおじさんに声をかけてみた。

「先ほどのステージ観させていただきました。最後の『不幸の女神』という曲、とても良かったです」

サタニストのおじさんは「ありがとうございます」と人の良さそうな笑顔で言った。私は先ほどの忘年会で感じた幸運の女神に対する違和感について話した。

しばらく私の話を聞いてくれた後、サタニストのおじさんは言った。

 

「幸運の女神が憎いですか?幸運の女神を切り刻めますか?」

 

どういうことなのかというと、サタニストのおじさんは近所で工場を営んでおり、そこの倉庫に、厚めの板を連結したものの上に、ペンキや塗料などで幸運の女神のイラストが描かれたものがあるそうだ。おそらく学園祭とかそういうので使ったものだと思うとのこと。処分したいので、チェーンソーでバラバラにしてほしいとのことだ。バイト代をくれるとのことで、次の日曜日に行くことにした。

 

 

サタニストのおじさんが営む工場に来た。住宅地から少し離れたところにひっそりと存在している、おじさんと同様にしょぼくれた見た目だが、なかなか大きな工場である。私の家の近所だったが、近くにコンビニもスーパーもないので行く用事が無く、通勤でも通らない所だったので、この工場を見るのは初めてだ。裏口にまわり、インターホンを鳴らすと、サタニストのおじさんがドアを開けてくれた。

「よく来ましたね。さっそくですが、幸運の女神はこちらです」

おじさんの後をついて工場の中を歩く。中も結構しょぼくれた感じで、無骨な古そうな工作機械が大量に並んでいる。

倉庫にたどり着くと、大量の段ボール箱や、明らかに壊れていると思われる機械などに混ざって、隅のほうに「幸運の女神」がいた。

高校の学園祭のために、アニメ好きの美術部員の女の子が何人か集まってで描いたような絵柄の「幸運の女神」である。車輪を持ってほほ笑む「幸運の女神」の下に、「幸運の女神、フォルトゥナ」との文字がある。作風は80年代かそれより古い感じなので、かなり前に描かれたものだろう。話には聞いていたが結構でかい。高さは私の背と同じくらいで、幅は教室の黒板と同じくらいかなと思った。そして、少し離れたところにチェーンソーが置いてあった。

 

「親父がこの工場をやっていましてね、何十年か前の頃に前に知人から、ちょっと置かせてほしいと言われて預かってそのままらしいです。親父はもう亡くなってるから、もういつから預かっているのかも、誰から預かったのかもわかりません。もう絶対取りにこないでしょこれ。そう遠くないうちにこの工場を閉めようと思っていますので、不用品は処分しておこうと思いましてね……」

「自分でやればいいだろうと思うかもしれませんが、娘が高校生の頃に妻と一緒に出て行ってしまって……娘と同じような年ごろの子が楽しそうに描いていたと想像すると、私の手では処分できなかったんですよ。だからあなたに頼んだのです」

「わかりました」

そう返事をすると、チェーンソーを手に取り、起動させた。

激しい音とともに、チェーンソーの刃が回転し始めた。先ほどまではそこに存在するだけの物体としての刃だったが、今は意思を持って他者を切り刻もうとする生物としての刃と化したように感じる。今までの人生でチェーンソーを持ったことがないので、その感覚に少し戸惑う。

 

子供のころにやったゲームで、ラスボスである神様をチェーンソーで一撃で倒せるというシュールなものがあったことを覚えている。神様とは言っても、退屈しのぎに世界を混沌に陥れて楽しんでいたというヤバイやつだったので、ふさわしい最後だったのかもしれない。

幸運の女神もイケメンにだけ微笑んで、私みたいな非モテ陰キャには微笑まないのだから、チェーンソーで非モテ陰キャに切り刻まれても文句は言えないだろう。そう自分を納得させて、回転するチェーンソーの刃を幸運の女神の絵に振り下ろした。刃が幸運の女神の絵が描かれた板にめり込んでいく……私は幸運の女神をチェーンソーで切り刻んでいった。

 

こううんのめがみは バラバラになった

 

「終わりました」

事業用のゴミとして捨てられるだろう大きさに切り刻んだ板を前に、私はサタニストのおじさんに言った。

よりによって女神を憎んだあげく、女神を切り刻んでしまうとは……人としての一線を越えてしまった気がする。

「お疲れ様です。こちら少ないですがバイト代になります」

おじさんらしいらしいセンスの地味な茶封筒を受け取った。

 

「仕事はここで終わりですが、ここからはミュージックバーとして知り合った友人としてです。工場の隣が私の家ですので、これから遊びに来ませんか」

 

 

おじさんの部屋は、一言で言えば「悪魔趣味」な部屋だった。

壁紙や家具は黒をベースとし、部屋にはバフォメットと呼ばれる悪魔や、五芒星が描かれたグッズや絵が大量に並んでいる。本棚には悪魔信仰関連の本がぎっしりである。

「驚きましたよね。ただ悪魔信仰って別に怖いものじゃないから大丈夫です。悪魔信仰は、世界を滅ぼそうとかそんなんじゃなくて、神によって抑圧された『人間性』を回復しよう、自由な生き方を追求しようという教えです」

おじさんは黒いマグカップにコーヒーを入れながら言った。

以前の私なら逃げ帰ったかもしれないが、私は幸運の女神を憎み、切り刻んだ人間である。「悪魔信仰」は私にピッタリではないか。せっかくの縁なのでおじさんの話をきいてみることにした。

 

そして、私はこれを機に、悪魔信仰への道に足を踏み入れたのでした。

 

……

 

……

 

……

 

……

 

……

 

ここまでお読みいただいてありがとうございます。

この話、絶対にバッドエンドになると思ったでしょう。

 

ですが、そうはならなかったのです。悪魔信仰に傾倒してからも、今までとは何も変わらずに会社に行き、普通に生活をしています。

むしろ、悪魔信仰の「地上における11の悪魔のルール」などの教えに従って生きることで、今までよりも健全な生活をしており、仕事や人間関係もうまくいっております。

 

なぜ、悪魔信仰に傾倒した後も健全に生きられるかというと、現代の資本主義社会において、悪に染まった倫理観のかけらもないような拝金主義の権化みたいな人いるじゃないですか。その人達と比べると悪魔信仰に傾倒した私のほうがはるかに健全なのです。むしろ、世の中に悪魔とよばれる存在以上のひどい人間が沢山いることに驚きました。

 

幸運の女神は金輪際私には微笑んでくれないでしょうが、私の人生はバッドエンドで終わらせません。

 

© 2026 たかひろ ( 2026年7月25日公開

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