iPhoneの画面に僕の推し、モエちゃんのインスタが更新されたとの通知が飛び出るかのように表示された。1か月ぶり更新だったので、内容が気になった僕は、勢いよく通知をタップした。
「まさか、ヤギ!!モエちゃんヤギと!!」
インスタの投稿では、雲一つない青空の下にある、中東にあるような感じの神殿風のレンガ造りの建物をバックに、自撮り棒につけたスマホで撮ったであろう角度で撮影した、少し日焼けした感じのモエちゃんが笑顔でピースサインを決めていた。コメントには「久しぶりだね、みなさんお元気ですか?久々の海外で少し緊張してますが、私は元気です(^^)v」とあった。
唐突に飛び込んできた、中東の観光地でピースサインを決めた写真で連想したのは、巷で囁かれているドバイ案件というやつだ。怪しげなブローカーの手引きでドバイに渡り、怪しげなパーティーで悪趣味な金持ちにヤギの相手をしてしるところを披露し、人としての尊厳と引き換えに大金を得るというおぞましい案件だ。
「モエちゃん……どうして……」
モエちゃんとヤギとの、あってはならない光景を想像していると、再びモエちゃんのインスタが更新された。
「ここはイランのヤズドっていうところ!後ろの建物は、ゾロアスター教の寺院だよ(‘ω’)ノ異教徒も入れるんだって(^^)v」
よかった……本当によかった……ドバイじゃなかった……
しばらく安途の感情に浸っていると、新たにシンプルな感情が芽生えた。
なぜイラン……?
————
1時間ほどすると、再びインスタの投稿が更新された。
先ほどのインスタの投稿にあったゾロアスター教の寺院の中にある展示物なのだろう。ガラス越しに年季の入った大きな杯に乗った炭が燃えている写真だ。
「この火はゾロアスター教の開祖が点火したとのことで、1500年以上燃え続けているそうです。とても厳かですね」
そして投稿の末尾は、
「決めた。私、今日、ゾロアスター教に入信します」
との言葉で締めくくられていた。
どういうことなのだろう……?
————
ゾロアスター教という単語は、学校の歴史の授業で見て以来だ。響きのいい名前だったのでその単語だけは覚えていたが、具体的にどんな宗教なのかは覚えていなかった。さっそくググったところ、断片的な情報が大量に表示された。
「人類最古の宗教」
「この世界はの善の神『アフラ・マズダ』と悪の神『アーリマン』が戦うバトルフィールドであり、そして最終的には善の神が勝利し、悪の存在しない理想郷へと生まれ変わる」
「この終末論の考え方はユダヤ教やキリスト教などにも影響を与えている」
「善の神『アフラ・マズダ』の象徴である「火」を神聖視する宗教であり、日本では『拝火教』と呼ばれている」
「拝火教……」
火を拝む……火を神聖視する宗教……火の宗教……
拝火というキーワードから、どうしてもモエちゃんが過去に起こした事件を思い出してしまう……。
12年ほどのことだった。当時注目を浴びていた「モエちゃん」という地下アイドルを知た。見た目は童顔で天使のようなルックス、ずばぬけた歌唱力、ちょっと天然な性格の清純派アイドルだった。一目見てどストライクだ!これは運命だ!と感じ、すぐにモエちゃんを推し始めた。ライブに足繁く通い、ファンクラブに入り、グッズを集め、Twitterとブログは毎日欠かさずチェックした。モエちゃんは、今も生涯の中でNo.1の推しである。
そのルックスと歌唱力からすぐに知名度は急上昇。小さい扱いながらもたびたびメディアにも登場するようになり、ファンの間ではブレイク間近と言われていた。
しかし、「あの事件」のせいでアイドルとしてはブレイクできず、表舞台から姿を消した。その代わり、アングラなネット界では永遠に語り継がれる存在となった。
モエちゃんの本名は「真島萌」であったが、ネットでつけられたあだ名は……
「連続放火魔アイドル・燃えちゃん」
モエちゃんは、頻繁にTwitterを更新していた。自撮り画像とともに、美味しいケーキを食べたよとか、ライブ楽しかったとか普通にアイドルっぽい投稿をしていた。
ただ、いつの日からか、アイドルっぽい投稿に交じって、週1ペースで火事に遭遇したという不穏な投稿を、現場の写真付きでするようになった。ある時は車が燃えているところに遭遇したと投稿し、その次は廃屋が燃えているところに遭遇したと投稿し、その次はアパートの庭が燃えているところに遭遇したと投稿した。その後も火事に遭遇したと何度も写真付きで投稿した。
さすがにここまでくると、怪しまれ、「火事に遭遇した」という投稿のたびに、某有名キャラの画像「あれれー?おかしいぞー?」が貼られるのが定番になっていた。
そして、ついにモエちゃんは母校の中学校の体育館に灯油を撒いているところを現行犯で逮捕されたのだ。
裁判の結果、懲役10年の判決が下った。
これから10年間、生涯でNo.1の推しである彼女の姿を見ることはできないことが確定した……
人生で一番の推しであるモエちゃんの事が忘れられなかった僕は、10年以上、定期的にモエちゃんの情報をネットで検索することが習慣になっていた。
この10年でモエちゃん関係の新たな情報としては、3年ほど前に一度モエちゃんの獄中インタビューの記事が出たきりだ。模範囚として真摯に罪を償っており、刑務所内で社会復帰のためにボイラー技士の資格を取得したとのことだった。模範囚ということは、やっぱりいい子だったんだと安心したのと、連続放火魔が「ボイラー技士」って……とツッコミたかった。
刑期が10年なので、もう出所している頃だろう。そろそろ何らかの情報が入ってくるはず……
————
モエちゃんのTwitterが11年ぶりに更新された。
私の起こした事件のせいでご迷惑をおかけして申し訳ないという謝罪の言葉だった。
僕は即「おかえりーずっと待ってたよ!」とコメントした。僕のほかにも、当時から知っている古いファンが何人も彼女のTwitterにコメントしていた。あの人たちもモエちゃんを忘れないでいてくれたのだ。こんなにも待ってくれている人がいることを誇らしく思えた。
TwitterはすでにXへと名前が変わっているが、Twitterは日々モエちゃんの投稿を楽しみに過ごしいた大切な思い出、僕の中では今でもTwitterである。
それから何日かして、モエちゃんのTwitterにずっと僕が待ち続けた投稿がされた。本当にずっとずっと待っていたんだこの日を。
「本当は今までの謝罪をしてアカウントを消そうかと考えていましたが、私を待ってくれる方がこんなにいてくれて本当に感動しました。もう表舞台には立つことはできませんが、何かしら皆様と交流できる場は作ろうかと考えてます」
その後は、ボイラー技士として働くかたわら、時折Youtubeでゲームの実況配信などをし、当時からのファンと交流を続けている。
————
昔を思い出していると、再びインスタが更新された。先ほどの寺院からは出たのだろう。自撮り写真とともに「あ、ちゃんと来週のオフ会までには帰るよ!オフ会楽しみにしててね~(^^)/」とコメントがあった。
————
オフ会の会場である、新宿某所のレンタルスペースに来た。
実物のモエちゃんと会うのはアイドル時代の握手会以来なので、緊張している。
全員で15人ほどだろうか。かつてモエちゃんがアイドルだったころに、ライブ会場で話をしたことがあるファンも何人か来ていた。頭髪が薄くなっていたり、お腹が出て体のラインが緩んでいたりと、10年以上時が流れたことを感じさせられた。
予定開始時間から3分ほどが過ぎ、ゲーム配信の画面越しそのままのモエちゃんが現れた。
いや、画面越しそのままとかいうレベルではない。昔からの童顔はそのまま。肌艶の衰えもなく、プロポーションの崩れもない。アイドル時代そのままの見た目である。私を含めた10年という時を経て、年相応の見た目になった昔からのファンとは大違いである。モエちゃんはアイドル時代から年齢非公表なので、正確な年齢はわからないが、当時のTwitterにライブの打ち上げでお酒を飲んでいた投稿があったのは覚えている。そこから考えられる最も若い年齢である二十歳だったと仮定しても、すでに三……
モエちゃんがそれ以上考えるなと言わんばかりに勢いよく第一声を発した。
「みなさん。リアルではものすごくお久しぶりです。モエです。オフ会に来てくれてありがとう!」
昔のライブ会場さながらに、拍手と歓声が上がった。
「先日のインスタの投稿について訂正させてください。ゾロアスター教に入信すると書きましたが、親がゾロアスター教でないと入信できないそうです。だから私はゾロアスター教信者ではなくて、ゾロアスター教推しです。」
「この際はっきり言っちゃいますけど、私、火が好きなんです。今もボイラー技士として毎日楽しく仕事をさせていただいてますし、大きな声では言えませんが、過去に起こした事件のこともあります。先日Youtubeでゾロアスター教の動画を見つけて。火を崇拝する宗教と知って、これだ!と思ったんです。」
……
まわりのファンを見てみると、お互い顔を見合わせて、どう反応していいかわからないような顔をしていた。おそらく私もそんな顔をしていたのだろう。
しかし、すぐにファンのみんなは、モエちゃんは天然で、アイドル時代からしばしば、素っ頓狂なことを言いだす娘だったことを思い出した。
オフ会の最後の方は、ファンのみんなで「モエちゃんが幸せならそれでいい、応援しよう」という雰囲気だった。
————
ずっと私を待ってくれていたファンのみんなと過ごした夢のような時間。あれからしばらくして、現実世界では、アメリカとイランとの争いでホルムズ海峡が封鎖されたことが原因で、重油の値段が上がり、私がボイラー技士として働いていた会社が潰れた。暇になったので再びイランのヤズドに来た。ゾロアスター教の寺院を訪れるためだ。正式な信者にはなれないので、推し活としての「聖地巡礼」である。
最近は、ゾロアスター教の神について勉強している。神秘的かつ魅力的で調べていると時間を忘れる。ただ、ゾロアスター教に偶像崇拝は無く、火を崇拝する。どんな姿をしているかを記したものはない。勝手に想像して絵に描いたりするのも多分許されない気がする。推すのにはなかなか困ったポイントである。
そういえば、アイドル(idol)というのは本来「偶像」という意味だった。推しの姿が存在するというのは、当たり前のようだがありがたいことなのかもしれない。
私は、ずっと待ってくれていた人たちのために存在し、姿を見せ続けよう。それが、私のアイドル(偶像)としての役割なのかなと思っている。
"今日、僕の推しがゾロアスター教に入信しました。"へのコメント 0件