マーク・キャラハンの最期

合評会2024年03月応募作品

小木田十

小説

4,242文字

 第15回創元SF短編賞で予選通過したものの、最終候補に入れず。のたうち回りたい気分でごわす。

 

その街は煙や砂ぼこりが立ちこめ、生臭さと硝煙の匂いが鼻をついた。ビルの多くが砲弾によって無惨な姿となり、通りのあちこちに大小のがれきが転がっていた。

自動小銃を構えた四人の兵士たちは、その後方をゆっくり進む装甲車を操縦する軍曹からインカム無線の指示を受けて、物陰に身を潜めながら少しずつ前進していた。

狙撃用ライフルM110を背中にかついで、右手に持った軍用拳銃M17を構えながら装甲車の背後に着いていたマーク・キャラハン一等兵は、インカムのイヤホンから「マーク、左前方にある八階建てビルの屋上に行け。お前の仕事場だ」という指示を聞いた。

マークは「了解」と応答、小走りで移動し、そのビルに入って階段を上り始めた。

コンクリートのがれきが散乱する階段を上がってゆく。どこに敵が潜んでいるか判らないので、細心の注意を払う必要があった。

五階まで上がったところで通路の右側からゾンビが一体、躍り出たので、マークは頭を狙ってすばやくM17のトリガーを引いた。ゾンビは頭部が破裂して肉片をまき散らしながら、派手にひっくり返った。

さらに反対側の通路にも一体が出現したので頭を撃つと、ゾンビは前のめりに倒れた。

屋上に到着したマークは通りを見渡せる場所を確保し、片ひざ立ち姿勢でM110を構えてスコープを覗き、「屋上、射撃準備完了」と告げた。

下の物陰で待機していた仲間の兵士らが動き出し、さらなる前進を始めた。

横倒しになっていたトラックの陰からゾンビが一体現れたのを確認したマークはすぐさまトリガーを引いて仕留めた。そのわずか数メートル手前まで接近していた仲間の兵士が屋上を振り返り、親指を立てて謝意を示した。

さらにビルの陰などから次々と姿を見せたゾンビをマークはすべて仕留めた。

さらに軍曹が乗る装甲車の背後に迫っていたゾンビを見つけて倒した直後、マークは異変に気づいた。屋上の、すぐ背後にゾンビが迫っていた。

ライフルを向けて照準を合わせるよりも、ホルスターから拳銃を抜いた方が早く対応できると判断したマークは、拳銃を抜きながら横に転がり、すばやく片ひざ立ちになってM17を構え直し、ゾンビを狙って連射した。

倒すことはできたが、マーク自身も左のすねに激痛を覚え、頭部にも衝撃を受けた。

 

――意識が戻ったのは集中治療室だった。だが何かがおかしい。

何がおかしいのか、ほどなくして判った。カプセルの中で呼吸器などを装着したまま寝ている自分を、もう一人の自分が天井付近から見下ろしていたのだ。

意外と冷静でいられたのは、これが噂に聞く臨死体験というやつかと気づいたからだった。自分は今、身体から魂と思われるものが離脱して、宙を漂っているのだ。

ベッドの近くにある機器類に表示される心拍や呼吸、血圧の値などは、比較的安定しているようだった。どうやら再びあの身体に戻れそうだ。

だが突然、心拍が乱れ始めた。室内にアラーム音が鳴り響き、医者や看護師たちが慌てた様子で駆け込んで来た。

 

――再び意識が戻ったのは、ベッドの上でだった。部屋に入って来た看護師に尋ねた結果、軍用ヘリで運ばれて緊急手術を受けて以来もう二十日が経っていること、銃弾を受けた頭部の手術は成功したが左のひざから下が失われ、義足になることを知った。

その数時間後にやって来たのは、中尉の階級章をつけたゴールディー・ライアンと名乗る、マスカラが濃いめの赤毛の女性軍人だった。彼女はブリーフケースから書類や小型録音機やペンを取り出して、ベッドの横に座った。

ライアン中尉は、マークが狙撃手として多くの敵兵を倒したことを賞賛し、片足を失ったことを気遣う言葉を述べてから、「作戦参加前に聞いたと思うけど、今から聞き取り調査をしたいのでよろしく」と言い、小型録音機を作動させて質問を始めた。「まずは、軍が開発した特殊ゴーグルについて忌憚のない感想を」

「ゴーグルを装着している間は、敵兵が本当にゾンビに見えました。お陰で戦場にいるという実感がなく、リビングでシューティングゲームをやっているような感覚でした」

ライアン中尉は「つまり、戦場にいることの恐怖や緊張を忘れて作戦を展開することができたのね」と満足そうにうなずいた。「実際、あなたの身体に装着したセンサーから随時送られていたデータは、心拍数も脈拍も、軽い運動を楽しんでいるような状態だったわ。歴戦の兵士でもなかなかそうはいかないのにね」

世界規模で戦争が頻発している今、若者たちは兵役を避けるために海外留学から戻らなかったり、自ら指を切り落としたり、医者にカネを払って偽の診断書を提出したりというケースが後を絶たないめ、軍の研究チームが数年がかりで開発したのが、この〔敵兵がゾンビに見える特殊ゴーグル〕だった。マークはその試験運用の対象者だった。

ライアン中尉によると、このたびの検証結果を知って軍の上層部は大喜びしているという。シューティングゲームのオンライン対戦が得意だったというだけで、身体能力テストでも知能テストでも平均以下だったマークが、実際の戦場でスナイパーとしてあれだけ活躍できたというのは期待をはるかに上回る成果だったらしい。軍はこの結果を踏まえて、大々的に特殊ゴーグルの導入を進める方針だという。

さらなる質問の後、ライアン中尉は「あなたは今回の作戦を通じて五十人以上の敵兵を仕留めた功績により、生涯にわたり退役年金が出るわ。後日、担当者から詳しい説明があるからよろしく」と腰を浮かせた。マークが居住まいを正して敬礼すると、ライアン中尉も敬礼を返してから「もちろん、前線に復帰するなら大歓迎。下士官の地位を保証するし、数年後には将校への道も開けると思うから、その気になったら連絡を」とかすかに笑った。

ライアン中尉が出て行くと、マークはベッドサイドの棚の引き出しから、ゲーム用ゴーグルと、銃の形をしたコントローラーを引っ張り出した。

幼い頃から大好きだった、ゾンビを仕留めてゆくシューティングゲーム。ずっと退役年金が出るということは、永遠にゲーム三昧の日々を送れるということだ。いくらゲームをしても、ママから叱られることもない。マークは笑いをこらえることができなかった。

 

――その半年後、戦闘の最前線に、軍曹に昇格したマーク・キャラハンの姿があった。精巧な義足と、あのゴーグルを装着して。リアルすぎるシューティングゲームを体験してしまった彼は、普通のゲームでは満足できなくなってしまったのだった。

軍曹になったマークは、廃ビルを上がって屋上に出た。スコープを使って百メートルほど先にある、爆撃によってボロボロになったマンションの様子を観察し始めた。

負傷した味方の兵士三名が、あのマンション内に取り残されてしまい、敵に包囲されている状態だった。ゴーグルを通して見える敵兵は、ゾンビの姿に変換されている。

マークはインカムを通じて自動小銃を構える四人の部下を慎重に接近させた。身を潜めるべき場所も細かく指示し、じっくり待機させて、射程内に入った敵兵を一人ずつ、仕留めさせていった。マーク自身も屋上からM110で敵兵を仕留めた。射撃の腕前は一等兵だったあの頃よりもさらに精度が上がっている。しかも見えている標的はすべてゾンビ。頭のどこかでは、実は敵兵も同じ人間だということは判っていても、実際に目に見えているのがゾンビなので、トリガーを引くことにためらいを感じることはなかった。

再びM110のスコープを覗こうとしたとき、マークは自身の胸に赤い光の点を見つけ、あわてて転がった。

危ない。付近のビルにもう敵の狙撃手がいたのか。だが、早すぎないか?

と思った次の瞬間、マークは振り返って「あっ」と声を漏らした。

 

戦闘服ではなく、以前会ったときと同じ軍服姿のライアン中尉が拳銃を向けてマークを見下ろしていた。マークが「中尉、なぜ……」と口にすると同時にトリガーが引かれた。

首の辺りが猛烈に熱くなり、生暖かいものが噴き出しているのが判った。

「キャラハン軍曹。突然だけど、あなたはこれでお役御免よ。悪く思わないでね。でも、痛みはそれほどでもないでしょ。そういうふうにプログラムしてあるはずだから」

マークの頭の中で、これまでの人生の断片がフラッシュ暗算のように再現された。友だちと虫取りをした幼少期。パパに連れて行ってもらったボートでの釣り。両親の離婚。怒りっぽくなったママ。シューティングゲーム大会で優秀して賞賛されたこと……。

「その走馬灯は、すべて作り物なのよ、マーク」とライアン中尉が見下ろしながら言った。「なぜなら、あなた自体が、AIが作ったゲームのキャラクターにすぎないから」

「な……」

「本当はこんな説明しなくていいことになってるんだけど、あなたは功労者だから教えてあげるわね。ゲームの世界の中で、あなたは体力も愛国心もC判定だったけれど、シューティングゲームが得意だったことで、敵兵がゾンビに見える特殊ゴーグルのモニターとして採用された。そしてゲームの中の世界とはいえ、リアルに作られた仮想現実の戦場で、あなたは予想を大きく上回る活躍をした」

マークは「だったら、どうして……」と何とか口にしたが、それ以上声が出なかった。

「だったらなぜこんな目に、ってことよね。実はこのゲーム、もうすぐ完成して、バグがないかどうかの検査に入る段階だったんだけど、国防省からすべての権利を買いたいというオファーがあったの。つまり、ゲーム世界の特殊ゴーグルを本当に軍用に使うことになったってこと。ゲーム制作会社は、その提示額に大喜びして取引に応じたわけ。つまり、あなたが存在したゲーム世界のデータは既に軍の所有物で、いろいろ調べられて、不要な部分は順次、消去されているのが今の状況なの。これ以上説明しても仕方ないわよね。間もなくマーク・キャラハン、あなたのデータはこの世から消えてなくなるんだから」

 

気がつくとマークは、大勢の制服軍人たちがパソコンを操作している大部屋を、天井付近から見下ろしていた。生身の人間じゃないのに臨死体験ってあるんだ……。

パソコンを操作する軍人らの中に、ライアン中尉を発見した。彼女はちらっとマークを見上げ、かすかに笑ってウインクをし、人さし指を持ち上げて、エンターキーを押した。

音が遠くなり、視界がぼやけていった。世界は静かにシャットダウンされた。

 

2024年3月18日公開

© 2024 小木田十

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"マーク・キャラハンの最期"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2024-03-19 16:51

    予選通過おめでとうございます!
    以下、作品コメントでございます。よろしくお願いいたします。

     凄く面白かったです。特に二度目のどんでん返しが準備されていた点は驚きました。物語の背後にあって黙説される疲労のテーマが、二度目のどんでん返しに連結していました。
    ーーライフルを向けて照準を合わせるよりも、ホルスターから拳銃を抜いた方が早く対応できると判断したマークは、拳銃を抜きながら横に転がり、すばやく片ひざ立ちになってM17を構え直し、ゾンビを狙って連射した。
     この部分の描写に関する議論ってまだまだ余地があると思っています。つまり、「物語内人物の動作瞬間性」と、「(読者が文章を読むという)現実の動き」の間に横たわる「別次元時間」の差異に関する議論です。漱石先生の『草枕』冒頭は小木田十先生のこの描写とは逆の発想だったと思います。歩く時間と読む時間をレトリカルに一致させることを試みていました。
     たった三行ではありますが、小木田十先生が描いてくださったこの瞬間描写を通して、たくさん勉強することができました。夏目漱石先生の描写もそうですが、他にも、映画『マトリックス』が速度感を演出するのにストップモーションを使っているなど。今後もこの点に関して熟考を重ねて参ります。
     貴重な機会を頂けましたことに感謝申し上げます。

  • 投稿者 | 2024-03-24 14:43

    今回のお題「二度目の臨死体験」をどうさばくか、各作品を楽しみながら注目していますが、本作が一番きれいに着地していると感じました。起伏あるストーリー展開を掌編にまとめ上げる手腕はさすがです。
    ゲームキャラが主人公になっても全く違和感のない時代になったのですね(年寄りの感慨)

  • 編集者 | 2024-03-24 21:59

    AIの作ったゲームキャラの臨死体験というだけで、センスオブワンダー感がありました。冒頭のゾンビが丸々フリになっている大胆さも良かったです。

  • 投稿者 | 2024-03-25 02:48

    現実かと思ったらゾンビ→ゲームかと思ったら敵がゾンビに見える現実→かと思ったら、と世界の見方をぐらぐら翻弄されるのがたまらなかったです。楽しませてもらいました。
    このお題の使い方として、ゲーム内の死と実際に世界から存在が消える死。ゲーム内という軽さを感じさせないのは、それまでの主人公目線の描写がしっかりしているからですね。
    インターネットに毒された自分の感じる死も「世界は静かにシャットダウンされ」るようなものかもなあと思いました。余韻まで良かったです。

  • 投稿者 | 2024-03-25 13:08

    生身の人間じゃないのに臨死体験ってあるんだ……。っていうのが最高ですね。アメリカンスナイパーの映画みたいな話かと思ってたら、違いましたね。生身の人間じゃないのに臨死体験ってあるんだ……。それがあって嬉しいのか、悲しいのか。どうなんだろうなあ。

  • 投稿者 | 2024-03-25 15:38

    うまく纏まりよくできた掌編でした。ドクターTETSUの痛みを感じない無敵兵士的なことだと思って読み進めたら「そういうことか」と感心し、最後の締め方もよかったです。

  • 投稿者 | 2024-03-25 18:31

    ゲームのキャラクターも削除する時は殺されるんですね。つらい。まさかのAIの臨死体験!
    面白い構造でした。
    そして、つかぬことをお聞きしますが、小木田さんは合評会参加されないんですか? 毎回出してるのにもったいないですよ!

    • 投稿者 | 2024-03-25 19:43

       思うところあって、合評会は遠慮させてもらってます。
       お気持ちだけありがたく。

      著者
  • 編集者 | 2024-03-25 19:28

    表紙画像を見た時に?となったが、ゲーム・AIの臨死体験をこのように表現するのは、ゲームを第三者的に理解し・させなければならないのも含めて素晴らしい力量だと感じた。また、文字数が(私の環境では)4242となっているのも何かドラマを感じる……。

  • 投稿者 | 2024-03-25 19:40

    4242 気づかなかった。2回死ぬ話。すげえ。

    著者
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