走れアヌス

ンー木川

小説

10,492文字

「アナル三部作」の第一作を筆おろしました。

 

アヌスは激怒した。かならず、かのカリスマ痴女店員狭瀬せませアリスのパンティを覗かねばならぬ。アヌスには政治がわからぬ。アヌスは自慰ン党の総裁である。お茶を飲み、犬と遊んで暮らしてきた。けれどもパンチラに対しては人一倍に敏感であった。ピキッ。今日未明アヌスは首相官邸を出発し、野を越え山越え、このJR新宿駅の改札を出たところのルミネエストB1のアパレルショップ街にたどり着いた。アヌスには竹馬の友があった。ウラジーミルである。今はこのルミネに入っているSLYというショップのバイト店員をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねていくのが楽しみである。歩いているうちに、アヌスはルミネの様子を怪しく思った。ひっそりしている。のんきなアヌスも、だんだん不安になってきた。路で逢った若い衆をつかまえて、何があったのか、二年前にルミネエストに来たときは、ガンガンに音楽がかかってみんなが買い物をしていてタピオカ飲んで賑やかだったはずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。アヌスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。タピオカとか賑わってたじゃん? 老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「まだ開店前」

「おどろいた」

アヌスは激怒した。「どこだどこだ」アヌスは単純な男であった。アパレルショップ街の開店まで、ベルクで麦酒を飲んで時間をつぶし、開店すると買い物するふりをして、ミニスカのおんにゃのこのあとを尾行しはじめた。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、アヌスの懐中からは盗撮用カメラが出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。アヌスはクイズ王の前に引き出された。

「このカメラで何をするつもりであったか。言え!」クイズ王は静かに、けれども威厳をもって問いつめた。

「ワンチャン、おパンティーなど撮れないかなと、期待していたのですがね、これはまさに、私や私の妻が関係していた、ということであればですね、これはもう間違いなく、私は総理大臣も、国会議員も辞める、ということは、はっきり申し上げておきたいわけであります」

「おまえがか?」クイズ王は、憫笑した。「仕方のないやつじゃ。おまえは自身の現存在であるゆえの存在了解経験を経た世界内存在である了解のなすところのエポケー状態に未到達であるゆえに非到達的に到達しえていない実体なき透明な存在者Xつまり再帰的現存在ABEなのであろー?」

「あの、これは、まさにですね、よろしいですか、これはまさに、私が、森羅万象を担当しているということは、これはもう、事実でありますから、ご指摘の批判はまったくあたらない、ということは、はっちり申し上げておきたい」

「だまれ、下賤の者!」クイズ王は、さっと顔をあげて報いた。「口先だけの無能男のくせに、何をほざくか。ほざいてる暇があったら、アナルほじって土下座外交でもしてろマザファカ、痴女スマ店員なめてんじゃねーぞ。ゾゾゾ」

「あの、私が嘘つきだとおっしゃるのですね? 証拠はあるんですか、あなた、私が嘘をついていると、そうおっしゃるのなら、私が嘘をついていなかったら、どうなさるおつもりなんですか? パルドン? いやはや、この案件につきましては、私が責任をとればいいというものでは、ない、わけですから、私や妻が関係していた、ということであればですね、これはもう、まさに、間違いなく、私は総理大臣も国会議員も辞めて、田舎に引っ越す、ということは、これだけははっちり、はっちりと申し上げておちたい」

「ばかな。おまえは嘘つきじゃないか。どの口が言うか! チンチンふみふみぱんぱんぱーん、に処すっぞ。ゾゾゾ」

「もち、もちですね、私に情けをかけたいおつもりであるならでつね、執行猶予三日をでつね、執行猶予、これは三日でかまいませんから、ですからまさに、執行をせずにですね、待っていたらく、これははっちりと申し上げておちたい、そう申し上げているわけであります。ただ、ただですね、なんの条件もなく、私を開放するということはありえないでしょうから、かりにですね、かりに、代わりに、私の無二の友であるウラジーミル・プーチン氏をですね、ひとちち、人質としてここに置いておちますからですね、これはまさに、ひとちちということであって、私や妻が関係していたということがあれば、そのときは、これはもう、まさに、私の唯一無二の友人であるウラジーミル、これを、処刑していたらければ、それにまさるものはない、そうはっちりともうち上げておちます。ピキッ」

「願いを、きいた。その身代わりを呼ぶがよい。三日目には閉店までに帰ってこい。なる早でだバカ野郎。遅れたら、その身代わりを、きっとチンチンふみふみぱんぱんぱーんすっぞ。ゾ? いや、やっぱりちょっと遅れて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。と、痴女スマ店員も言ってっぞ。ゾゾン。答えろ。ロックバンドのギター奏者はなぜ頭にバンダナを巻きがちなのか、言え!」

「意味のない質問だよ」

「ドンタコスったら、何だ? 言え! 二階建ての家!」

「ドンタコス」
「はは。そうかそうか、創価学会。北方領土が大事だったら、金玉を積め。おまえの心は、わかってっぞ。ゾゾゾゾーン!」

アヌスは口惜しく、ケツ穴を引き締めた。キュッ。

竹馬の友、ウラジーミルは、クイズ王の前に呼び出された。

「いやー、マジまいっちんぐまちこ先生、うちの店、経済ガタガタでさァ、レジも古すぎてぜんぜん使えねェの、ほんとやってらんねw。いまどきバーコード決済できないってなによ? は? なめてんの? くさっ。アナルくさっ。だいたいさァ、昨日からさァ、領土のリニューアル始まってんだけどね、施工業者ぜったいぼったくってるみ、テナントだからって足元見やがって。地面師かよw。ルミネが出せよ! あ? とうぜんおまえも出せ! 実も出せほら。三十メーテル離れた会議テーブルに座らせちゃうョあんぽんたーん!」

「そうか、ウラジーミル、ちみとぼくは同じ夢を見ている。ねえ、ウラジーミル。二人の力で、駆けて、駆けて、最後まで駆け抜けようではありませんか!」

アヌスは疾駆した。

「あいつマジだりぃな。ワンチャンぶち殺したろかw」とプーチン氏は言った。

「それな」とクイズ王は言った。

アヌスは民衆をかきわけ、押しのけ、千駄ヶ谷の共産党本部を突き抜け、信濃町の公明党本部をめちゃくちゃにして、黒い風のように走っていった。一睡もせず十里の道を急ぎに急いで、九段下の靖国神社を参拝したのち、神保町のJIROHに到着したのは、あくる日の午前、陽もすでに高く昇って、行列はものすごく長く延びていた。そこからさらに一時間半並んで議席を獲得、疲労困憊したアヌスを見つけた店員は、驚いて、うるさく矢継ぎ早に質問を浴びせた。

「ニンニク入れますか?」

「はい、ヤサイ少なめ、チンニク、まさにアブラ、カラメということになれば、これはまさにですね、ある意味において、かんぺち、ということに、なるかと」アヌスは無理に笑おうと努めた。店員は無言で睨めつけ、十秒後、排他的経済水域外に着丼、からのご対麺。アヌスはねじれを解消してから目の前の美しい肉に取りかかった。

Jアラートが鳴り、目が覚めたのは夜だった。アヌスは起きてすぐ、内閣官房長官ガースーと電話会談をした。そうして、少し事情があるから、桜を見る会を明日にしてくれ、と頼んだ。官房長官ガースーは驚き、それはいけない、こちらはまだなんの仕度もできていない、桜の季節まで待ってくれ、と答えた。新宿御苑の予約もしなきゃだし。前夜祭は? 招待客は? 賄賂は? え? どーすんの? アヌスは、待つことはできない、どうか明日にしてくれたまえ、ツイッターで呼びかければ数万人は瞬時に集まるであろう、募集するのではない、募るのだ! とさらに押して頼んだ。官房長官ガースーも頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか官房長官ガースーをなだめ、すかして、説き伏せた。桜を見る会は、真昼に行われた。マザームーンへの宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがてBerryz工房の「なんちゅう恋をやってるぅ YOU KNOW?」を流すような大雨となった。桜を見る会に列席していた教会員や学会員、反社会人たちは、なにか不吉なものを感じたが、それでもめいめい気持ちを引きたて、どこにも桜が咲いていないのや、雨であることをこらえ、陽気に歌をうたい、手をうった。アヌスも、満面に喜色をたたえ、しばらくは、クイズ王とのあの約束をさえ忘れていた。桜を見る会は、夜になっていよいよ乱れ華やかになり、人々は、豪雨のことなど気にしなくなった。アヌスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人パリピたちと生涯暮らしていきたいと願ったが、いまは、自分のアナルで、自分のものではない。ままならぬことである。アヌスは、自分のアナルに鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの閉店時刻までは、まだじゅうぶん時間がある。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。そのころには、雨も小降りになっていよう。少しでも永く、新宿御苑に愚図愚図とどまっていたかった。アヌスほどの男にも、やはり未練の情というものはある。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい官房長官ガースーに近寄り、

「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。目が覚めたら、すぐルミネに出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい布マスクがあるのだから、決して寂しいことはない。おまえの総理大臣のいちばん嫌いなものは、人を疑うこと、それから、嘘をつくことだ。おまえも、それは、知っているね。でもね、おおお推し企業とのあいだには、どんな秘密もつくっていいよ。賢くありなさい。イエッヘーン! おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえのアニキは、立法府の長なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」

官房長官ガースーは、夢見心地でうなずいた。アヌスは、それから頭がタワシ状になった人の肩をたたいて、
「仕方のないのはお互いさまさ。私の家にも、宝といっては、大量に余った布マスクだけだ。ほかには、何もない。全部あげよう。もうひとつ、アヌスの官房であることを誇ってくれ。ピキッ」

タワシ頭は、揉み手をして、照れていた。アヌスは笑って、招待客たちにも会釈して、会場から立ち去り、テルマー湯にもぐりこんで、死んだように深く眠った。

目が覚めたのはあくる日の薄明のころである。アヌスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたか、あはーん、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の時限までにはじゅうぶん間に合うし、ワンチャン二度寝しようか? しようじゃありませんか。今日はぜひとも、あのクイズ王に、人の信実の存するところを見せてやろう、じゃありませんか。そして笑って磔の台に上ってやろうじゃ、ありませんか。アヌスは、悠々と身仕度をはじめた。アヌスはおのれ自身をピキッと引き締め、成長戦略の三本の矢の如く走り出そうとした。

ぼきゅちんは、今宵、チンチンふみふみぱんぱんぱーんに処される。チンチンふみふみぱんぱんぱーんされるために走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。クイズ王を論破するために走るのだ。走らねばならぬ。そうして、ぼきゅちんはチンチンふみふみぱんぱんぱーんされる。若い時から名誉を守れ。さらば、昴よ。若いアヌスは、つらかった。肩を落とし、テルマー湯をあとにしようとしたとき、風呂に入っていないことに気づいた。どんなテルマーやねん。アヌスの足は、はたと、止まった。見よ、前方の風呂を。水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集まり、猛勢一挙にNHKをぶっ壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木端微塵に青山テルマ像を跳ね飛ばしていた。エグみ。彼は、茫然と立ちすくみ、うろたえ、うずくまり、男泣きに泣きながら、マザームーンに手を挙げて哀願した。「あーん、神ぃ〜、だめじゃないですか、ほくほくに沸いたお風呂や、ホヒホヒにほひったサウナや、青山テルマ像のプロジェクションマッピングをご用意するなんてぇん。どんなインテリジェンスしてるんですかぁ〜ん。今何時なの? ルミネの閉店までに行かないとぉ、あのお友達がチンチンふみふみぱんぱんぱーんされちゃうじゃないですかぁ〜ん」

サウナは、アヌスの叫びをせせら笑うごとく、ますます激しくホヒホヒになっていく。時は、刻一刻と消えていく。アヌスも覚悟した。えーい、ひと風呂浴びていくしかない! 神々も、照覧あれ! アヌスは、ざぶんと風呂に飛び込み、「あちっ!」と叫び声をあげて湯から上がり、火照ったアナルを外気で冷ましてからサウナに入った。十分後、「もう無理っす」と呟いて、滴る汗を拭いながらサウナから出ると、そのまま水風呂に、ざぶんと頭まで飛び込んだ。「ぴィ〜」と叫んで水風呂から転げ出ると、「整いました」と言い残してテルマー湯を去った。

区役所を通過し、ほっとしながら歩いていると、突然、目の前にキャッチのニイチャンが躍り出た。

「生搾りおっぱいサワー」

「なんですかァン、あなたァン」

「もれでつか? もれは社会人でつよ。藤井風のファンの」

「こんな人たちに負ちぇるわちぇにはいかないんだァン」アヌスは、撥ねつけた。

「そういうおぬしは?」

「私は、森羅万象を担当……」

「してんの? なんで? だれなの?」

「……社会人アナリストです」

「てめぇ、なに担当してんだよ!」

「ぴィ〜」

「くさっ。アナルくさっ」

「わ、私は急いでるんですよ」

「ですから私は巻きで喋ってるんですよ」

「じちょう、じ、じ、議長、ちつ、ちつもんの意図が、明確でら、でらでら、でんでん◯✕△#@$%℃ぴィ〜!」

「JK見学パンツ見放題」

「ピキッ」

アヌスは眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、「ひょっとしたら、まんこも見れちゃうよ」というキャッチの言葉に、ついに、膝を折ってうずくまった。オルツ。もうだめぽ。マヌルネコ。ぼきゅちんは、とっても疲れました。社会科ちぇんがくに行っちぇちます。ゾ?

アヌスは、狭い個室に入り、マジックミラー越しにJKたちを見学した。室内には六人ほどの超絶ミニスカぎゃんきゃわJKがおり、おのおのスマホをいじったり、お喋りしたり、ピュレグミを食べたりしていた。あっちでパンティが見えたと思ったら、こっちでもパンティが見えた。普通にしていても、きゃわいいおんにゃのこのパンティ見放題なのに、指名をすると、自分の真ん前まできて、ものすごくサービスしてくれる。腰をふりふり、お尻をガラスに擦りつけて、パンティを食い込ませて、片手で掴めて果実のように頬張れそうなくらいの可愛くてぷりぷりのどすけべな尻をいっぱい拝ませてくれたかと思うと、こんどは正面から脚を広げ上げ、肘つき正常位のような格好で、あーん、ベロ出し、まんまん、たまりません、まんにく、はみでちゃう〜、よだれでちゃう、アヌスは社会人のぼっきチンポを取り出して、ガラス越しにJKみおなちゃんの真っ白ですべすべもちもちのお尻になすりつけ、はぁあん、まん、まんこしゅき〜、まん、ぁああん、ちくびかんじるぅ、かわいい〜ん、あん、べろちゅーちて〜ん、せっきすしゅきしゅき、いくいくしちゃうの、じぇーけーろりちゅばちょうらい、ぱこぱこまんまんだいちゅきー! と叫びながら、あたりに精液を蒔き散らし、恍惚の表情を浮かべてその場にキュン死した。

私は、死ぬよりつらい。もう、なにもかも、どうでもよくなった。カリスマ痴女店員のことなど、忘れてしまった。なにがカリスマだ! なにが痴女だ! ぼきゅちんが、いま、ほしいのは、誰もいない、暖かく、静かで静かすぎない小さな部屋と、一杯のレッドワイン、もしくは、マリファナだ。ぼきゅちんは病気なんだ、鬱なんだ、自分が、何をしようとしていたのか、すっかり忘れてしまった。心が、壊れた。放っといてくれ。こんなに、はちって、はちって、はちりぬけてきたのに、ちっともどこにもたどりつかない……orz。死のう。みんな、ぼきゅちんのことを、キモハゲ変態デブオヤジマシマシだって、思ってるんでしょぅん? 反社会人だと、思って、るんでしょぉーん? おーん? そのとおり、ぼきゅちんは、キメえ、キモス、と厭われ蔑まれながら幼少年期を過ごし、あのキモヲタ異次元にチンカス臭くね? と同級生の女子に言葉の暴力を言われながら高校生時代を過ごし、青年期には、街中でも職場でも、すれ違いざまに「キショし」「穴くさ」とか「アナニスト」とか、「アナと雪の女王」「アナw」「アw」等の誹謗中傷を浴びさせられ、みんなにアナケラトプスと呼ばれ、褒められもせず、ハメもされず、ケシテイカラズ、イツモシズカニ笑ッテイル、そういういきものだったのですぅ。キショいやん。ですから、ぼきゅちんは、自分が、そんな人間ではほんとうはないということを、証明するために、どうにかこうにか、やっと議員になったんですわ。アヌスは号泣し、号泣会見が開かれた。しかしねぇ、なったら、なったで、嘘つき呼ばわりされるわ、阿呆呼ばわりされるわ、アメリカの犬呼ばわりされるわで、私はもう、辞めたいんですわ。あんたにはわからないでしょうね!「お辞めになったらど?」「決断されたほうがいい」(俗にいう「安倍おろし」の声)

号泣会見はぐだぐだに終わり、アヌスは疲労困憊のために、そのまま椅子から崩れ落ちて気絶した。アヌスは夢を見ていた。あ、アベって、だ、だれですか〜……。あれ……なにか声が、聞こえてくる……遠くから……かいちぇーん、かいちぇーん……ぬ、こ、これは……ちぇんぽーかいちぇーを呼びかける声……ぼきゅちんを、おうえんしてくれる、やせいのよびごえ……あぅう、なにか、あしもとが、ひんやりする……ひぃ! ちべたぃお……。アヌスは、ふと目を覚まし、息を呑んだ。抽象的でモダンな感じのわれ目から、滾々と、何か小さく囁きながらモンスターエナジーが湧き出ているのである。モダンな感じだなあ、エモいなあ、とアヌスは思った。その泉に吸い込まれるように、身をかがめ、両手で聖水を掬って一口飲んだ。ほおぅ。これはイケるっしょ、という感じがし、アヌスは立ち上がると、希望が生まれてきた。たしか、Go To ルミネのキャンペーンに参加しているのだった。ルミネエストに行かなくてはならぬ。そこで、ぼきゅちんを待っている人があるのだ。少しも疑わずに、静かに期待してくれている人があるのだ。そう、ウラジーミル、あれはウラジーミルだ。ウラジーミルが、ぼきゅちんのこと信じて待っている! わほおぅ! 板垣死すとも、自由は死せず! まさに! かなだずや、かならずや、最後までやり抜く! われわれの力で、かだなずや実現していく! さあ行かなければ、いますぐ、駆けて、駆けて、駆け抜けようではありませんか! 走れ! アヌス!

やばい、閉店時間が迫ってるぅ。あわわ、待ってくれぃ、待ってくれぃ、ワンチャン滑り込みいけんじゃね? 迷惑かしら。でも仕方ないし、だってクイズの先生が言うんだし、うちら悪くないし、はらたいらも言うんだし。そんなことはどうでもいい、ぼきゅは名誉のために、走るのだ、そして、よろこんでチンチンふみふみぴゃんぴゃんぴゃーんに処されようじゃないか。

宵闇を背景にギラつく歌舞伎町のネオン街を突進し、トー横キッズどもをなぎ倒し、手もとのポケモン・GOで〈移動速度が速いためプレイを制限しています〉の注意が表示されるほど速く走った。一団のインバウンド客とすれ違った瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「一蘭また並んでるヨ、いっつもいっつも大行列だヨ、なんでなの、くそっ、くそっ!」ああ、なんてこった、この世は、並ばなければ食べられないラーメンだらけじゃん? ねぇ、アヌス、ラーメンに並ぶことは、きっと最上の、トッピングなのですよ。あぁ、母上、あなたは母上なのですか。アヌス、並んで食べなさい。母上、並ぶことがトッピングなのでしょうか? そうよ、アヌス、最高級の。つまり、イディゲンの? そう、異次元の、突出的に、不可逆的な、トッピング。つまり、イディゲンの? そうよ、異次元の……ットピンッ。ッアヌス、心得ておきなさい。さらば……。だめじゃ、急ぐんじゃ、アヌス。風態なんかは、どうでもええ。アヌスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸もできず、二度、三度、口から血が吹き出た。見える。はるか向こうに、新宿駅東口の前のライオン像が見える。周囲に、反日的な人がいっぱいいてウザい。その先には交番だ。どうする、アヌス?

「あ、アヌス様」うめき声が聞こえた。

「あん? あんた誰?」アヌスは走りながら答えた。

「ゆめです。ワン。あなたのお友だちウラジーミル様の飼い犬にございまする。ワン」そのふさふさもふもふの秋田犬も、アヌスの後につづいて走りながら叫んだ。「もう、だめでございます。むだでございます。走るのはやめてください。あのかたは、核ボタンをワン」

「いや、まだ閉店前だ」

「ちょうどいま、あの方がチンふみになるところです。チンふみまぎれに、核ボタンまたはレジの両替ボタンをワンするところです。あなたは遅かった。おうらみ申します。もうちょっと、早かったなら。それか、わんチュールを持参していたならワン」

「いや、まだ閉店前だ。状況は、完全にアンダー・コントロールである」アヌスは、もう走るよりなかった。時間など知らん。走らねば、胸が張り裂けて死んでまうやろがい。

「やめてください。走るのは、やめてください。いまはご自身のチンが大事です。あの方は、あなたを信じておりました。刑場に引き出されても、平気でいました。クイズ王が、さんざんからかっても、アヌスは来ます、とだけ答え強い信念を持ちつづけている様子でございましワン」

「それじゃけぇ、走るんじゃ。信じられちょるけぇ走るんじゃ。間に合う、間に合わんは問題じゃないんじゃ。うちゃ、なんか、もっと恐ろしゅう大きなもののために走りよるんじゃ。ついてこい! ゆめ」

「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。ワンワンワン?」

言うにや及ぶ。まだ、ギリ閉店前。最後の死力を尽くして、アヌスは走った。アヌスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力に引きずられて走った。なにか閉店ぽいアナウンスと、残りタイムの少なさを伝える急かすようなBGMが流れ終わりそうな瞬間、アヌスは藤井風のごとく事務室に突入した。間に合った。

テュンテュンテュン。
「土管の中からこんにちは。待て。その人をチンチンふみふみぱんぱんぱーんしてはならぬ。アヌスが帰ってきた。約束のとおり、いま帰ってきた」と大声で、そこらへんのみなさんと月刊Hanadaの記者に向けて叫んだつもりであったが、喉が潰れて嗄れた声がかすかに出たばかり。周りの人たちは、誰ひとり彼の到着に気がつかない。なにやら、人垣ができて、その向こうで儀式めいた何かが行われているらしい。それを目撃して最後の勇、先刻、水風呂をくぐり抜けたように、人垣をくぐり抜け、

「うちだ、刑吏! チンチンふみふみは、うっちだ。アヌスだ。彼を人質にしたうちゃ、ここにおる!」とかすれた声で精いっぱいに叫びながら、磔台にのぼり、吊り上げられていく友の両足に、齧りついた。周囲の記者団と有識者はどよめいた。エモい! 映え! 詳しく! と口々にわめいた。ウラジーミルは、チンをしまったのである。

「ウラジーミル」アヌスは目に涙を浮かべて言った。「うちを殴れ。ちからいっぱいに頬を殴れ。うちゃ、途中で一度、JKを見学した。君がもしうちを殴ってくれだったら、うちゃ君と抱擁する資格さえんのじゃ。殴れ」

ウラジーミルは、すべてを察した様子でうなずき、蛍光灯の照らす、すごく無機質な感じのする部屋で、音高くアヌスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、

「アヌ、私を殴れw。同じくらい音高く私の頬を殴れバカw。私はこの三日の間、たった一度だけ、狭瀬アリスとやったのだw。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できなす」

アヌスは、は? と思い、腕に唸りをつけてウラジーミルの頬を殴った。デュクシッ。

「ありがとう、友よ(この薄汚い豚め!)」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。

周りのみなさんからも、歔欷きょきの声が聞こえた。

クイズ王は、みなさんの背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて二人に近づき、顔を赤らめて、こう言った。

「おまえらの望みは叶ったぞ。なんつって。ゾーン! おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえら意識高めな種族の仲間の一人にしてほしいな」

どっとみなさんのあいだに、歓声が起こった。

「万歳、クイズ王万歳。なんつッて、ゾゾゾゾーン!」

一人のカリスマ店員が、17ライブでアヌスを動画配信した。アヌスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。

「アヌ、君はまっぱだかじゃないかw。迷惑だよ。ここはスシローじゃないんだから。この可愛い娘さんは、アヌの盛れた裸体を、みなさんに見られるのが、たまらなく、エポケーな境地なのだ草」

勇者は、「アーッ!」と言い、ひどくたぎりだした。狭瀬さん、しゅきしゅき〜♡

 

りょ

 

 

 

*本作は太宰治著『走れメロス』を題材に創作しております。

 

2023年3月16日公開

© 2023 ンー木川

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