これは、私が、まだ小さくて、父と、同じベッドで寝ていたころの話です。
私は、薄暗くなった部屋で、父の腕のなかに座って、一緒に世界遺産の載った図鑑を眺めるのが日課でした。
母は、私が生まれてすぐ、病気で死んでしまいました。私や父に移さないように、ほとんど一人で死んでいったそうです。父は、私たちを守るためにお母さんは死んだのだ、と誇るように私に言い聞かせていたけれど、本当は、悔しくて仕方がない自分のために、父はそう言っているのだと、幼い私もわかっていました。なので、小さい私でも、母がいなくて寂しいとは、父に告げたことはありませんでした。
そんな私たちにとって、寝る前に、父が母との冒険譚を語ってくれる時間は、とても大切な時間でした。
「ねえ、ココは?」
そう言って、私はベッドの上で、紙を挟んでおいたページを父に見せます。すると、父は、そこに母と冒険に行ったときの話を、ゆっくりと、語ってくれるのでした。
父が仕事から帰ってくるのを待つあいだ、今日はどこにしようかな、とその図鑑を、慎重にめくります。
時には、まったく新しいところを指すこともありましたし、何回も同じ場所を聞き直すこともありました。その話が、とても気に入ったときです。
例えば、パリのエッフェル塔に、母と父が登って、セーヌ川でプロポーズした、という話。私は、この話が大好きでした。父も、この話を話すときは、いつもニヤニヤしながら、嬉しそうに話していました。いま思い返せば、なんともありそうな作り話、とも思えてしまいます。本当にそんなロマンチックなことがあったのか、それとも私を喜ばせるための作り話だったのか、それはいまでもわかりません。
でも、そんなことは問題ではなかったのです。そのときの私にとって、その愛の告白は、私たちが家族であることを証明する、とても大きな繋がりのように感じていたのですから。
図鑑にはパリの写真がたくさん載っていて、そのページを1日に何回も眺めていた私は、すっかりちいさなパリジェンヌでした。だから、ノートルダム寺院が燃えてしまったニュースを見た時、まるで自分の故郷が燃えてしまったかのようなショックを受けたものです。
父は、私が生まれる前、二人は旅行好きの冒険家だったと、いつも自慢げに話していました。
なので、私もどこか、父のまだ行っていない場所を探し出そうと、とてもヘンテコな場所を指定することもありました。そんな日の私はとてもワクワクして、夜のお話の時間を待つのでした。でも、どんなところでも、父はひょうひょうと、たのしい冒険譚を語ってくれます。
そうした冒険譚の中から、私は亡き母の面影を、どうにか膨らましていたのでした。
けれども、必ずしも毎日、父と一緒に寝れるわけではありません。
遠くに出掛けなければならないときや、帰るのがとても遅くなってしまうとき、私は祖母の家で寝ることがありました。祖母もとても優しくて、大好きでしたが、やはり、父がいないと、なんだか雨の音が妙に気になってしまったりして、やっぱりどこか寂しいのでした。
そんな私に、父は魔法のおまじないを教えてくれました。寂しくなってしまったときは、手のひらに、丸い屋根を描いて、3本の縦線をひきます。父は、これを”水母”(くらげ)と呼んでいました。もともとは、母が考えたそうです。私と、母と、父、3人が、一つの屋根の下で一緒にいる。そんな意味のおまじないでした。
私は、父がいなくて寂しいとき、この”水母”を手のひらに描いていました。すると、これはなんとも不思議なことですが、図鑑で一緒に見た世界遺産の景色が、私の手のひらの上に浮かび上がってきたのです。
エッフェル塔も、自由の女神も、グランドキャニオンに万里の長城だって、父のお話の通りの景色が、手のひらの上に、次々と現れるのでした。
私は、この魔法を、最初は父に秘密にしていました。でも、あるとき、父にそれを話すと、父はとても喜んで、私の手のひらから、母が語りかけているのだと、私に教えてくれました。
そんな私も、すくすくと成長して、いつしか父を待つことなく、一人で寝れるようになりました。そして、いつしか、私が自分の部屋を欲しがったとき、父は寂しそうでしたが、私にちいさな部屋を与えてくれました。
それと同時に、父の世界遺産の旅も終わりました。図鑑も、いつしか本棚の一部となって、やがてダンボールの中へと潜っていってしまったのでした。
私が高校生のとき、父と大喧嘩をしました。このころの私は、すぐにイライラして、なんだか喧嘩ばっかりしていた気がします。でもそれは、きっと私だけではないはず。父や友達との喧嘩も、私の成長にとって必要な過程だったのかもしれないけれど、それはどれも、当時の私にとって、とても悲しい出来事です。だんだんと、父と交わす言葉も少なくなって、家にいるのがどこか居心地の悪いような気がしていく。ほどなくして、そんな思春期真っ盛りの私に、初めての彼氏が出来ました。
お父さんっ子だった私にとって、彼との恋愛は、私に新しい居場所を与えてくれました。まるで、新しい家を手に入れた気分。ただ、これも私だけではないように、その恋愛は、そう長くは続きませんでした。
高校生になっても、私はこっそりと、”水母”の魔法を覚えていました。父とはもう恥ずかしくて、魔法の話なんてできないけれど、喧嘩をしたり、悲しいことがあったとき、手のひらに”水母”のおまじないを描いて、母に話を聞いてもらっていました。
そして、彼氏に振られてしまったあの日も、私は大泣きしながら街のはずれの海辺へ行って、一人で座って、手に水母の絵を描いたのです。
私は、手のひらに描きながら、いつまでもそのおまじないから抜け出せない自分を恥じました。こんな風にいつまでも子どもだからいけないのだ、と。
でも、”水母”を描くと、母と父に包まれているような気持ちになれたのです。
涙が一粒、ポタンと手のひらに落ちていきました。
すると、私の手のひらの”水母”が、突然光り始めました。
夕暮れ時の、薄暗い藍色で覆われていた海へと、その光は向かっていきます。私は、あっけにとられて、その光を見つめていました。
光はどんどん進んで、やがて海のなかへと沈んでいきました。
私には、なにが起こっているのかわかりませんでした。いつの間にか涙も引いてしまって、穏やかな波の音だけが、あたりを包んでいるようでした。
海の夜は速い。私は、ふと我に返ったように立ち上がって、その場を去ろうと思いました。暗闇が、勢いよく私に迫ってくるようでした。
私は、背を向けて、自転車を停めた場所まで戻ろうと歩き出しました。そのとき、海のほうから、カラフルな温かい光が、ふわっと勢い現れたのです。
そう。
その光は、世界遺産の旅々の景色たちでした。かつて、私の手のひらにあった思い出が、海辺のキャンパスいっぱいに、散らばって、数えられないほどに輝いていました。その光の、ひとつひとつで、母と父と、そして私が、楽しそうにその景色のなかを歩いていました。
私は、しばらくその美しい景色を眺めていました。いつまでも見ていたいような気持ちになって、その温かさに引き寄せられていくようでした。そこには、私がずっと欲しかった景色で溢れていたのです。
でも、きっと私は、自分が思っていたよりも、ずっと強かったのでしょう。
海へと引き寄せられる足を止めて、両手の手のひらを、すくい上げるに広げました。すると、散らばっていった光は、もとの場所へと戻っていくように、私の手のひらへと、吸い込まれて消えていったのでした。
家に戻ると、父が夕食を用意して待っていました。遅くなったこと、連絡もしなかったことに怒るわけでなく、食事を温め直していました。
その日、私はいつもよりも少し多く、父と話をしました。他愛のない話でしたが、そんな機会も、しばらくなかったのです。
学校のこと、友達と喧嘩して、でも仲直りしたこと。父の顔は、かつてよりも老いていましたが、その笑顔は、むかしとちっとも変わってはいませんでした。
本当は、父にも謝るべきだったのでしょう。でも、それは言えませんでした。それに、海辺での出来事も、今日のところは秘密にしておくことにしました。
そして、キッチンで父と一緒に食器を洗っている最中、私はこっそり、手のひらに”水母”を描いたのでした。
いま、私は娘がいます。私は母となり、かつての父と同じように、ベッドの上で、娘と図鑑を見ながら、世界遺産への旅の話をしています。いつか、私と夫と娘の三人で、これらを見にいこう、という話を。
諏訪靖彦 投稿者 | 2022-07-20 10:40
私は常々サードプレイスを持っている人は羨ましく思っていました。手に水母を書くことによって心安らぐ場所に行くことが出来る。素敵ですね。それと、私が言うのおこがましいですが、句点を見直せばもっと読みやすくなると思います。
Tonda 投稿者 | 2022-07-20 10:54
うわああああ、コメントありがとうございます!
なるほど、サードプレイス、たしかにそうですね。自分が自由に想像できる世界っていまの時代すごく難しいのかなと思っていて、誰かの視線に晒されたり気にすることのない空間を作れるのは、やっぱり時間を超えて残り続ける場所とか思い出なのかな、ってなんとなく考えたりしつつ、世界遺産について書いてみました。笑
句点についてのご指摘も、ありがとうございます。
こういった機会でないと、文章のクセとか指摘して下さることってないので、とても有り難いです。
小林TKG 投稿者 | 2022-07-20 16:57
おまじないから抜け出せない自分を恥じてはいけないよって言ってあげたい。あの時のこの子に。それが自分、自我かな、を保つ方法、手段で、そういうのを持ってる、持っていたのだけでも羨ましい。すごく羨ましい。私は羨ましい。
Tonda 投稿者 | 2022-07-20 17:19
優しいコメントをありがとうございます。
自我って、自分のなかにあるんじゃなくて、誰かとの思い出とか繋がりのなかで生まれるんじゃないかな、って少し考えたりしますね。
閉ざされているようで、実はすごく開かれている、なんかそんな感じがします。
退会したユーザー ゲスト | 2022-07-21 20:48
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Tonda 投稿者 | 2022-07-21 23:33
有り難いコメントです、、、泣
どんどん伸びていきたいので、これからもよろしくお願いいたします!!笑
小説技術って、どういう風に学んでいくものなんですかね、、いままで好き勝手書いてくることしかしてこなかったので、ウケる技術みたなものをもっと理解していくべきなのでしょうか。
展開にまでアドバイス頂き恐縮です。
個人的に、後半はあっさり終わらせたいなと思って書いてしまったので、あっさり過ぎたんですかね、参考になります。父と娘、もう少し喧嘩させたりしてもよかったんですけど、字数的にこうなってしまいました。前半ちょっとくどかった感じがあるので、もう少し構成にドラマチックさ意識してみます!!
ヨゴロウザ 投稿者 | 2022-07-21 23:19
メルヘン調でいい作品でした。海月じゃなくて水母の字を選んだところに意味があるんでしょうね。漢字の持つ喚起力、いいですよね。
余談ですが自分もネクライトーキー好きです。めっちゃかわいいうた、北上のススメ、続・かえるくんの冒険、はよファズ踏めや、一時期ヘビロテしてました。
Tonda 投稿者 | 2022-07-21 23:42
ネクライトーキー反応してくださって嬉しいです!!!笑
ベタですけどオシャレ大作戦が1番のお気に入りです。だらだらだらだ!!
もともと、水母って文字を詩集のなかから見つけたことから書き始めたお話だったので、意味なくはないです。水の母って、なんか形はないけれどどこか包まれている感じがあるなあ、っていう。
ご存知かもしれないですが、漢字モノお好きでしたら、ぜひケン・リュウの文字占い師という短編も読んでみてください!
大猫 投稿者 | 2022-07-23 14:46
「わが母が教えたまいし歌」を思い出しながら読みました。手のひらに書いた水母が、子供の頃に聞かされた冒険譚へ繋がっているように、歳をとるにつれて子供の頃へ回帰して行くのだなと思いました。地に足が着いた文章だと思いました。
Tonda 投稿者 | 2022-07-24 12:19
コメントいただきありがとうございます。
なんだか最近小さいころの記憶とか習慣が、いまの自分に影響してるんだな、ってことを思うタイミングがすごく多いんですよね。たしかに回帰なのかもしれないです。
文章のことも評価頂いてありがとうございます。
Fujiki 投稿者 | 2022-07-24 06:02
しみじみ。大人の女性が子ども時代を回顧している形式だが、西村京太郎を彷彿とさせるテン打ち芸が、子どもらしい舌足らずな語りというか子ども時代の雰囲気をうまく演出していると思う。画像と作品との関連を知りたいと思った。
Tonda 投稿者 | 2022-07-24 12:29
コメントありがとうございます。
西村京太郎は恐れ多いです、、、笑
画像との関連、、そうですね。
自分は音楽聞きながら勉強とか作業することが多いんですけど、今回はこのアルバムをループしながら書いた文章がこれなので、どこかで影響を受けているかもですね。画像に採用したのは、書き上がった感謝、みたいな理由かもしれないです。笑
コンソメパンチ 投稿者 | 2022-07-24 22:42
心に残る良い作品だと思いました。
文章も読みやすくて描写もきれいです。
お手本にしたいです。
Tonda 投稿者 | 2022-07-25 01:05
コメント頂きありがとうございます。
恐縮です、お互い頑張っていきましょう!
新山翔太 投稿者 | 2022-07-24 08:05
構成は分かりやすいですが、父との交流をしっかり描いているのでラストの感動がより良い物になっていました。良かったです。
Tonda 投稿者 | 2022-07-24 12:31
ありがとうございます。
構成についてコメント頂くことが多いので、おそらくそこに自分の改善点があるのかなと感じてます。
わかりやすさは維持しつつも、もう少しハラハラワクワクがあるような展開を大事にしていきたいなと思います。
松尾模糊 編集者 | 2022-07-24 14:52
自分は母親がイソップ物語や、エルマーの冒険、宮沢賢治などを寝る前に読んでくれた記憶があります。世界遺産から創作を語り聞かせる父には、文才があったのだろうと推測します。枚数的にこの構成で正解だとも思いますが、冒頭に現在の状況を持ってきて回想であることをはっきりさせて、また現代に戻ると掌編としては完成度が高まるのかなと思います。ただ、この話は父との日々、語り手が結婚して出産する過程、新しい家族と父との関係(父はもう他界しているとしても、墓や故郷がその代替的役割となる)と長編になる題材、サーガなのでこのまま膨らませていいと思います。
Tonda 投稿者 | 2022-07-24 16:03
ありがとうございます。
エルマーの冒険、僕も大好きでした。最近、そういう忘れかけていた記憶に実はすごく影響を受けているんじゃないかと思ったりしていました。
なるほど、、、冒頭の書き出しは、読み直して少し物足りない気がしていたので、伏線のようなかたちで結論と繋げる発想はとても参考になりました。
そうですね!、僕自身も結構気に入ったアイデアなので、含まらせてみたいと思います!
春風亭どれみ 投稿者 | 2022-07-24 21:00
破滅派の評価の項目にある
作品を読んで「生きたくなる」の項にピッタリの、こういう作品があるとまた破滅派の幅も広がるなあなんてポジティブな気分にさせてくれる作品でした。なんだろう、好きです。
Tonda 投稿者 | 2022-07-24 22:25
コメントありがとうございます。
初めての参加なので、まだ空気感とか全然掴めてないですが、みなさんの刺激になれれば幸いです!
好きですと言ってもらえるのはなによりです、、書いてみた甲斐があったです
鈴木沢雉 投稿者 | 2022-07-24 23:16
いい話、だけでは終わらない深みが感じられます。おそらく筆者の実体験も混ざっているのではないでしょうか。
淡々と、行動や情景の描写を積み重ねて物語を紡いでいるのがとても好感が持てます。
Tonda 投稿者 | 2022-07-25 01:06
コメントありがとうございます。
実体験、、そうですね、たしかに父が時々オリジナルの話を聞かせてくれていたような気がします。
波野發作 投稿者 | 2022-07-25 06:42
絵本のようなすてきな世界観で癒されました。破滅派は油断するとエグいオチで背中から刺されたりするので、新しい涼風を感じて心地よかったです。
古戯都十全 投稿者 | 2022-07-25 12:43
感情に直接手で触れたような物語にしんみりとしました。
童心に帰らせてくれると同時に、それとどう付き合っていくか、そんなことを考えさせられる作品だと思います。
諏訪真 投稿者 | 2022-07-25 14:58
くらげ、絵的には非常に好きなんですが、間近では割と勘弁して欲しい生き物です(刺されまくった嫌な思い出
でもやっぱり絵的には、箱庭的な世界遺産と非常にマッチするなと。
Juan.B 編集者 | 2022-07-25 19:01
良いことはみんなが既にコメントしてしまった。思い出が輪廻していく情景が中々美しい。合評会を楽しんでほしい。
曾根崎十三 投稿者 | 2022-07-25 21:31
優しい話ですね。なかなか破滅派にない話で心温まりました。
世界遺産じゃなくても成立するんじゃないかとも思いましたが、穏やかで温かい風景が浮かんで良かったです。