机の裏

abeta

小説

902文字

卒業をテーマにした短編小説です。初投稿ですが読んでいただけると幸いです。

放課後の教室には、誰も居なかった。曇りかかった空は、まだ少し明るく、窓の外から、灯りの付いていない教室を薄灰色に照らしていた。
私は教室に入ると、教壇に上がった。教卓に両手をついて教室を見渡す。40台の机は等間隔に並んで、40個の影が規則的に作られている。最後列の、窓側から2番目の席。そこが、私の席だった。私は、なんとなく、教卓に置かれた座席表に私の名前があるのを確かめてから机まで歩いた。
私は、椅子を机からを引き出して、座った。椅子は冷たかった。長い間座っていると、尻が痛くなる硬い椅子。私は腰を曲げ、姿勢を低くすると、机の中を覗いた。奥に、一冊の冊子があった。中学3年生用の理科のワークが見える。私の取りに来た忘れ物だった。使い古したワークは、ページの隅が外側に捲り上がっている。
手を机の奥まで入れ、それを取ろうとした時だった。机の裏、陰の中に小さな文字が見えた。目を凝らすと、「つかれた!」と鉛筆で書かれているのがわかった。近くにはまだ筆跡がある。「ゆうき参上」と書かれている。傘を模したイラストのなかに「まいこ」と「せいや」と書かれている。私のクラスに、彼らのような名前の人はいない。それが、かつて3年B組だった人の落書きであったことに、直ぐ気がついた。私が3年生になってから、1年間使い続けた机の、裏の姿を初めて見た。
私は黒板から白チョークを持ってきて、机の裏を見つめた。机の下に作られた空間の天井、少し奥の方に余白を見つけて、「さようなら」とそこに書いてみた。しかし、なんだかその言葉が俗っぽく思えてきて、慌てて親指で擦って消そうとした。かろうじて文字の原型はわからなくなったように見えたが、むしろこびりついてしまったようにも見えた。
私はその席を立って、教室を出た。出口から自分の居た場所をもう一度見渡すと、最初に教室に入った時より、暗くなっていたのがわかった。40個の机の影は更に深くなっていた。私は入り口の近くにあったスイッチで、教室の灯りをつけると、窓とは反対側に伸びた机の影は、きれいに消えた。
いずれ、消灯を確認する先生が見回りにくるのだろうが、今日は灯りをつけたまま帰ることにした。

2022年3月31日公開

© 2022 abeta

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