死に神の恋(2)

死に神の恋(第2話)

サムライ

小説

8,761文字

解説 緑濃い公園に建つ、ひなびた食堂。若女将、舞はみなの人気者。猫をつれた風来坊、死に神さん、舞さんに密かに思いを寄せるが…。死に体の物書きと美人妻の恋愛騒動を通して、現代人の心に巣くう、深い孤独を浮き彫りにする。

私が一番気に病んだ、夫と死に神さんとの関係についてお話ししなくてはなりません。

 

夫は人当たりが良く、小さなことにこだわらない鷹揚な性格の持ち主で、ちょっと短気な面もありますが、とても包容力のある人です。小柄で風采も上がらないのに、私がお嫁に行く気になったのも、この人ならば、いつも私を支えてくれるに違いない、と女に思わせる、性格上の美点を持っているからでした。

 

死に神さんの方は、ふだんは明るく振る舞っていますけれども、その実、世の不幸をすべて背負い込んだような、深い憂悶にいつも悩まされている人でした。横顔に印された、深いかげりが、何に由来するものなのか、誰にも分からず、それが返って、あの人の謎めいた魅力となっていました。

 

明るくてお人好しの、いかにも小さなお店の店主然とした夫と、人生をどこか遠いところから眺めている、無頼派の死に神さんとは、趣味も性格上の一致点も皆無で、よほどのご縁がなければ、この世で出会うはずがない、と私などは思ったほどでした。

 

けれども、不思議なことに、二人は意外と馬が合うようでした。互いの中に自分の持っていない長所を見つけて、共に一目置いている風にも見えました。

 

こうして、ふたり敬意を払い合い、親しみを深くしてゆくにつれて、死に神さんは悩みました。秘め事を胸に抱いていることが辛く、どうしても胸襟を開いて夫と話すことができないからです。恩義と恋と、死に神さんは板挟みの状態でした。

 

それでは、私はどうかと申しますと、ひと言で言えば、とても変な気分でした。私には夫を裏切るつもりなど毛頭ございませんでした。その一方で、自分を女として評価してくださるあの方の存在が、心の深いところで、日に日に大きくなって行くのを抑えきれませんでした。仕事中、ふと目が合ったときなど、ついつい女のまなざしで見つめ返してしまい、後でひどい羞恥心と後悔に悩まされたものです。

 

私にとって、死に神さんの気持ちは謎でした。あれっきり、私に言い寄るわけでもなく、話しかけてさえ来ません。表面上は明るく振る舞いながら、ときおり、ふと見せるさみしげな横顔に、私は、あの方の心持ちを、あれこれと僅かに推測するだけでした。

 

いつの間にか秋も深まり、季節は十一月。善福寺川沿いの落葉樹の森は、東西数キロにわたり、くれない、黄、緑の、すばらしい色の競演。かつて高名な作家が描いた、いにしえの武蔵野にも劣らない、見事な紅葉の季節の到来です。

 

秋空が目にしみるほど青い、ある日の午後、私たち親子三人は、大太鼓のいかめしく鳴り渡る、大宮八幡様の銀杏並木を、親子水入らずの喜びに包まれ、仲良く手を繋いで歩いておりました。足下では、銀杏の落ち葉が、かさこそ、かさこそと、秋らしいささやきを交わしていました。

 

私の左手には娘の小さなてのひら。それが柔らかく、あたたかく、とても愛しげで、母としての喜びが、ほとほとと身内からわき上がってくるのを、私は抑え切れませんでした。この子が無事七五三を迎えたことを、私たち夫婦は、神様にただただ感謝するばかりでございました。

 

本殿に上がると、互いの神妙な顔付きに吹き出しそうになりながら、神主様のお祈りの言葉を、三人膝を正してありがたく拝聴。続いて巫女さんの美しい舞に見ほれつつお祓いを受けると、ようやく親としての務めが終わり、ほっとしたところで、今日、この晴れの日を祝って記念撮影。

 

夫は、よし、ここはパパに任せよ、とばかりに大張り切りで、もっと右に寄って、そうそう、そのぐらい、いやいや、ママはそこでいい、うーむ、光線の加減がどうのこうのと、そのうるさいこと、うるさいこと、親ばかに見事なまでになりきって、まわりの方々からあたたかな笑みを頂くほど。

 

私と娘の方は、だんだん着物が窮屈になって参りまして、もうそろそろ帰りましょうよ、うんうん、私おうちでごちそう食べたい、そら、この子もこう言っていますよ、あなたもお腹がすいた頃でしょう、そうそう、パパもお腹がすいた頃でしょう、などと言って、にわかモデルの役得を辞退しようとするのですが、夫ときたら、いやいや、まだまだ、舞だって着物姿がまんざらじゃないぜ、歌舞伎町にだってこんないい女いないよ、などと意味深長なほめ方をして、なおも快調にシャッターを押し続けています。

 

ところが、そのうち、夫は、はたとあることに気づき、うーむ、親子三人の写真が一枚もないじゃないか、うーむと三度ばかりうなって、それから、これはまずいと短い首をひねり、辺りをきょろきょろと見回したところ、めおと銀杏の見事な紅葉を見上げている、いかにも暇そうな方の後ろ姿が、夫の目に入りました。

 

これはいい、よしよし、この御仁ならめっぽう暇だろう、と思い、夫が声を掛けてみますと、なんと、それは死に神さんで、晴れの日に不吉なあだ名だな、と夫婦そろって思いつつも、シャッターを押してくださいなと頼みますと、浮かない顔にちょっと暗い笑みをつくり、しばらくぎこちない手つきでカメラをひねくり回してから、やっと構えてぱちり。

 

見事なピンぼけ。これは私としたことが、一体どうしたことか、いやね、私もむかしカメラに凝ったことがありましてね、そもそも写真をとるときはですね、などとうんちくを傾け始めたのを夫婦で遮り、弘法も筆の誤り、死に神だってたまには鎌を忘れますよ、ささ、もう一枚お願いします、と頼みまして、またぱちり。

 

今度は夫の顔が四分の一しか入っておらず、娘の姿はぼんやりとは写っているものの、まるで添え物のようで、母親の顔ばかりくっきりと鮮やかなのには、私の方がおろおろしてしまいまして、夫の顔を盗み見ますと、うーん、うーん、また三度うなり、しみじみと、あんた、本当にへたくそだね、と言って困惑の様子。

 

死に神さんもひどく狼狽して、いやね、生まれてこの方ですね、カメラなどあまり手にしたことがなくてですね、などと、先ほどとはあべこべの弁明にいそがしく、そのうち、ああ、忘れてました、相棒をそこの木に繋いだままにしていましてね、ほら、奴の鳴き声が聞こえるでしょう、と言い始め、いくら耳を澄ましてもなにも聞こえないのですけれども、これを潮に、さあ、僕はそろそろ行きますよ、親子水入らず、邪魔をしてごめんなさい、と言い残して去って行きました。

 

帰り際、お社の裏手の森の、黄金色に染まった静かな空間を、親子三人、手を繋ぎ、橋の方へ下りて行こうとしますと、左手の、ちょうど店の方角を見下ろすベンチに、ぽつりと人影があります。死に神さんでした。悪魔君とふたり、秋を眺めていました。声を掛けようとしたのですが、先ほどのおどけた笑みはどこへやら、その横顔には憂悶のかげりがくっきりと浮かんでいて、夫婦顔を見合わせ、その場を黙って立ち去ったのでした。

 

「こら、すのこ、すのこ、すのこを忘れているよ」「水の出が悪いじゃないか。ポンプ。ポンプ」「早く竿をセットしてお客に渡せ」今日も義父の怒鳴り声が死に神さんに浴びせられます。死に神さんときたら、右に左におたおた、おろおろ。

 

それでも、何とかこの仕事で食べていこうという気構えが、目にも顔にも強く表れていて、誰一人笑う者はいませんでした。なぜこんな勤勉な人が、ここまで尾羽うち枯らしてしまったのか、それほど今の世の中は、生きて行くのにハードルが高いのか、店の者は、みな一様に同じ疑問を抱いたものでした。

 

死に神さんの過去は複雑でした。永年勤めた会社を早期退職した後は、軽貨物の委託受注の仕事を一時やっていたそうです。けれども、独立開業など名ばかりで、軽トラックを法外な値で買わされたあげく、実入りの方はごくごく僅か。失業者からなけなしの金を搾り取る、詐欺まがいの商法、と気づいた時にはすでに遅く、けっきょく廃業。

 

おかげで貯金が底をつき、後はおでんの屋台をひいてみたり、コンビニで働いてみたり、派遣会社に一時籍を置いてみたり。そのうち年収に近い月収が得られるなどといった甘い言葉にのせられて、サプリメントのネットワーク・ビジネスを始めたものの、たちまち借金をこさえて自己破産。一時はどこかの橋の袂で雨露をしのぐまで落ちぶれていたのだそうです。

 

その後、前の会社の後輩を拝み倒して保証人になってもらい、やっとタクシー会社に就職、この三年ばかり、どうにかこうにか食べてきたのだとか。

「早期退職するにはまだ若かったんじゃないの。何かのっぴきならぬ事情でもあったのかな」と言って、義父は履歴書を手に首をひねっておりました。

 

共に仕事に恵まれず、苦労を重ねたせいでしょうか、死に神さんとアルバイトの健ちゃんとは何かと気が合うようでした。健ちゃんは、専門学校を卒業後、派遣の仕事やアルバイトをしながら正社員の働き口をずっと探してきた子で、うちに来て三年、年が明ければもう二十六歳になるのに、未だに就職ができずにおります。

 

この頃では、夫や私に不採用の報告をするのが辛くなったのでしょうか、リクルート・スーツに身を包んで面接に行く姿も見られなくなってしまい、将来、お嫁さんも貰わなくてはならないのに、これから一体どうするのかしらと、私もとても心配しているのです。

 

ある月曜の定休日、我が家のむく犬と川沿いの小道を散歩していますと、尾崎橋の西に広がる芝生広場から、冷たさを増した秋風に乗って、聞き慣れた笑い声が流れてきました。

 

赤く鮮やかに紅葉の進んだ桜の木の下で、四人の男の方がテーブルを囲んで宴会を開いているご様子。どうやら死に神さんと健ちゃん、それに店の常連の安蔵さんがいるようです。そして、もうひとりどこかで見たことのある方のお姿も。

 

健ちゃんが私に気づき、秋の陽を銀縁の眼鏡に映して手招きします。上機嫌らしく、色白の顔がもう真っ赤です。悪魔君を見つけはしゃぎ回る犬に引かれ、そばに行ってみますと、大きな焼酎のペットボトルをテーブルの真ん中に置き、百円ショップで買ってきたらしい粗末なつまみを広げて、いまや宴たけなわ、といったところでした。

 

いつになく快活な死に神さんが、隣に座っている六十歳前後の男性を私に紹介します。公園の公衆便所のひさしの下で、雨露をしのいでいるホームレスの方で、私も、犬の散歩の行き帰りに、段ボールの中で縮こまっているお姿を、何度かお見かけしたことがあります。

 

死に神さんの話によりますと、そのホームレスの方は、軽貨物のお仕事をしていたときの先輩とのことで、むかし、まだ景気のよい頃は、運送会社の社長さんだったそうです。

 

やがて、世間の風向きが、規制緩和の方角に向かうにつれて、運送業界も競争が激しくなり、とうとう会社は倒産。再起を図ろうと、死に神さんと同じように、例の軽貨物の会社と委託受注の契約をしたのですが、やはり収入は僅かで、一日一食で飢えをしのぎながら、ただただ車のローンを返すだけの日々を送ったとか。

 

結局、重労働がたたって体を壊し、かつて二十名の社員を使っていた元社長さんも、公衆便所で雨露をしのぐまでに落ちぶれてしまったのだそうです。

 

死に神さんがこの方を敬愛すること並々でないご様子で、なんでも、例の軽貨物の会社から、同じ電設の卸問屋に派遣されていたらしく、会社員上がりで非力な死に神さんを尻目に、この元社長さん、百キロ近いパイプを華奢な肩にひょいと持ち上げ、全部で十本、見事にトラックへ積んで見せたそうです。

 

けっして世を呪わず、我が身を嘆かず、役にも立たないプライドなどかなぐり捨てて、ひたすらおのれの肉体を酷使し、必死に生きようとするその姿が、極貧の中で絶望していた当時の死に神さんには、人生の良き先輩、清貧のほまれも高い、一哲人とさえ思えたらしく、二年ほど前、公園の公衆便所でたまたまお見かけしてからは、煙草などを差し入れ、旧交を温めてきたのだとか。

 

そう伺って、少したれ気味の細い目の中をのぞいてみますと、いっけん冷たそうな光の中に、何か父性を感じさせる温かなものがあり、きれいに髭を剃った皺深いお顔には、人生を転落する以前の品の良さが、どこか残っているようでした。

 

このトイレの哲人さん、一年ぶりのお酒に上機嫌に酔いしれ、人生の後輩、死に神さんを相手に久々のお説教。そのおっしゃるには、世に身の置き所なきを嘆くなかれ、汝のいたらざるをただ嘆け、と。

 

おそらく、死に神さんは、個性が強すぎて、組織では生きてゆけない方なのでしょう。自己を決して曲げず、おのれのプライドを人一倍尊ぶ死に神さんの生き方は、昔のお侍さんには似つかわしくても、現代の会社組織では通用するはずもなく、転職の憂き目を見たのも、そんなところに原因があるのかもしれません。トイレの哲人さんは、それを正しく見抜き、汝のいたらざるをただ嘆け、とおっしゃったのでしょう。

 

やがて、皆さんいよいよ酔われて、私まで慣れないお酒をなめたおかげで真っ赤か。もう誰か歌い始めてもいい頃です。そんな風に皆で思っていますと、こういう場合、必ず歌好きの方が現れるもので、隣を見れば、安蔵さんが自慢の金歯をにたにた光らせ、携帯カラオケの準備に余念がないご様子。

 

この方も脱サラ失敗の経験者。今は廃品回収のお仕事で生計を立てているとか。それにしても、良くもまあ、これだけ人生の転落者が顔をそろえたものね、と感慨深げに皆さんを眺め回していますと、安蔵さんが熱唱開始。なかなかのお声で『女の操』などうなり座は盛り上がるばかり。

 

曲が終わるのももどかしく、マイクを受け取った健ちゃんが、今様のアップ・テンポの曲を披露してやんやの拍手を受け、さあ、今度はあなたの番とバトン・タッチされた死に神さん、実はカラオケは一曲も歌えないことが判明しまして、面目なく、仕方なく、立ち上がって『君が代』を歌おうとするのを皆で必死に押しとどめ、師匠のトイレの哲人さんが、弟子の危難を救うべく歌い出したのが、なんと『荒城の月』でございました。皆さん、前歴が前歴ゆえ、妙にしんみりとして参りまして、今はこれまで、一同、枕を並べて切腹、と言った面持ちとなり、これはいけないと若い健ちゃんが元気のいい曲をまた歌い、前にも増して盛り上がり始めたとき、ふと時計を見ればもう夕食の支度時。

 

あわてて悪魔君のそばで寝ている犬を起こして、足早に家路をたどったのですが、お日様が、様々な人生を見下ろしつつ西に傾き、間延びした赤い影を秋の野にさみしげに投げかけても、宴は尽きることのない様子で、後ろからは、またしても、トイレの哲人さんの『荒城の月』が聞こえてくるのでございました。

 

ああ、とうとうあの日のことをお話ししなければなりません。それはお月さまのとても青い、ある秋の夜のことでした。死に神さんに夕ご飯を運ぶため母屋の外に出ますと、森もバーベキュー広場の芝生も、淡く、青白く、はかなげな光の絨毯に覆われ、冷ややかな夜風の中で、静かな影を揺らめかせていました。

 

いつものように、私は、お店の勝手口を開けると、電球の薄い灯火を頼りに、狭い階段をそっと昇って行きました。お名前を何度かお呼びしたのですが、返事がなく、廊下の電気も消えたままです。留守かと思い、襖障子をそっと開けてみますと部屋の中は真っ暗。いえ、窓からは冷え冷えとした月明かりが差し込んでおりました。そのほのかな光の中に、あぐらを組んで夜空を見上げている、あの方の黒い影がありました。

 

「舞さんですか。電気は点けないでください」

「どうしてよ」

「月見をしているんです」

「まあ、ひとりでお月見」

「いえ、こいつも一緒です」

 

夕食のお盆を月明かりに染まったちゃぶ台の上に置き、あの方の膝の上をのぞき込みますと、悪魔君が主人のあぐらの上で、自分もゆったりとあぐらをかき、自然の神秘の光を、ドングリ眼で不思議そうに見上げています。

「あなたも座りませんか」

 

ロマンティックな月の魔術に操られたかのように、私は黙って死に神さんの隣に座りました。なぜ、そうしたのかと、人は過去をふり返って自分に問いかけることがよくあります。けれどもそこに答えなどありはしません。それが、とても自然に思われた、としか言いようがないのですから。

胸の動悸も穏やかで、私は不安もおそれも感じておりませんでした。ただ、虚空に懸かる冷たい光に、じっと見入っていました。そして、何かを待っていました。

 

「月は、太陽の分身みたいだと、舞さん、思いませんか」

「どういう意味」

「神様がこの世を創ったとき、もともと二つの天体は一つだった。けれども、そのうち世界は二つに分かれてしまった。たとえば、陰と陽、静と動、明と暗、寒と暖という風に。そして、天空も、昼と夜とに分かれ、やむなく天体も分裂し、太陽と月になった」

「でも、なぜ世界は二つに分かれたの」

「さあ、たぶん、神様が、人間を創ってしまったからでしょう。神の意に反し、人間は世界を男性的なものと女性的なもとに分けて認識するようになった。だから、この世はすべて二つに分裂してしまったのです。いわば、神の失策です」

「諸悪の根元は、やはり人間ね」

「ええ。そして、二つに分裂した諸物は、反発しあいながらも、互いに相手を求め合うようになった」

「まるで、男と女みたい」

「そうです。あらゆる事物には、男女の法則が適合できる。だから、太陽と月も、ふたたび一緒になるべく、天空で、永遠に相手を追いかけるようになったわけです」

「失われた分身を求めて」

「そう、まるで、われわれ人間のように」

「あなたの分身は、どんな人なの」

「とても明るくて、幸せそうで、いや、事実幸せで、すべての人を照らします」

「そんな幸せ一杯の人、いないと思うわ。みな何かを抱えて必死に生きてる。幸も不幸も知っている。私はそう思う」

「そうですね、誰しも明と暗とが、ある程度混じり合っている。ところが、僕ときたら、生まれてからこの方、暗い部分しか、自分を知らない」

「ふーん、分身を求める理由が、他の人よりも切実なわけだ」

「舞さん…」

「えっ」

「ごめんなさい」

 

次の瞬間、私はたくましい腕の中に抱き寄せられ、唇を奪われていました。陶酔と、怒りと、不安と、そして、悲しみと、様々な感情が一時に訪れ、大海の渦のように激しくぶつかり合い、混じり合って行きました。

 

どこかで私のちっぽけな人生が崩れ去って行く音がしました。夫の面影が強い感情を伴って脳裏をよぎると、次に娘の姿が見え、やがて深い悲嘆が私を襲いました。すべてを奪われる、私は宇宙の果てに放逐され、永遠の中をさまよい続けるのに違いない、そんな、とてつもない恐怖に、私は囚われていたのです。

 

「わあ、痛い、このやろうー」

悪魔君の仕業です。おとなの会話に飽き飽きした悪魔君が、主人の向こう脛にがぶりと食らいついたのでした。その隙に、私は死に神さんの体を思いっきり突き飛ばし、階下へと逃れました。

 

そして、母屋の前まで来たとき、涙が止めどなく流れて、月影に染まった頬を、ほとほとと青く濡らしました。私はいま起きたことを夫に言うべきでしょうか。いえ、言うべきなのでしょう。けれども、何かの感情が、そうすることを遮っていました。もしかしたら、それは愛情だったのかも知れません。でも、私はそれを決して認めようとはせず、これから先どうしたらいいのかしらと、ただ思い惑うばかりでございました。

「どうした」突然、ドアが開き、夫が怪訝そうに声を掛けました。「なぜ中に入らない」

「月を、見てたのよ」

「ほう、月を見ると泣きべそをかくのか」と、夫がおもしろそうにからかいます。

 

私は泣き笑いになって夫の体を押しのけ、洗面所へ顔を洗いに行きました。そして、少しびくびくしながら、家族三人の食卓を囲みました。でも、どうしても目を上げられません。そんな私を見て、夫がぞっとするようなことを言いました。

「お前、あいつと何かあったな」

「何かとは…、なに」それこそ蚊の鳴くような声で私はそう問い返しました。

「あいつがお前に気があることぐらい、以前から知っていたよ。だがな、おれはお前を信じてるし、なにも言わないよ」

 

私は、夫の気持ちが嬉しいというよりも、むしろ辛くて、どうしてもその優しい目を見返すことができませんでした。隣では、娘が、不思議そうに両親を見つめております。私は、その小さな頭を、ただ無心で撫でるばかりでした。

 

やがて、我が子に対する熱い愛情が、胸一杯にこみ上げてきて、ひとりの女ではなく、母親としての自分が甦ってくるのを、私は強く感じました。

「どうしよう、出て行って貰おうか」そう呟いてから、私ははっとして夫の顔色を窺いました。

「それはむごい。あいつ、路頭に迷うよ。それに、いつまでもいる訳じゃない。一年だけだ。お前さえしっかりしていれば、問題はないよ」

その夜、夫婦は本当に心からうち解けて、娘を真ん中に、いつまでもいつまでも寝物語を続けたのでした。

2009年7月13日公開

作品集『死に神の恋』第2話 (全5話)

© 2009 サムライ

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