魔法使いと竜、ときどき忍者

松尾模糊

小説

3,257文字

『黙示録』:中世期タペストリー
魔法使い見習のアンドレは魔法学校の実習で巨大なドラゴンと遭遇する。

「昨日のニンジャチャンネル観た?」アンドレが席に着くなり、前の席のルイが長い金髪をかき上げて振り向きざまに話しかけてきた。

「あ、ああ。観たよ」

「最高だったよな! 水の上を走るなんてさー」

「そうだな」忍術学校に通う忍者学生が学校で習得した忍術を毎日実演する東の国発信の人気動画番組『ニンジャチャンネル』に夢中のアンドレは毎朝この話題をアンドレに振るが、魔術の勉強で動画鑑賞どころではない彼は適当に相槌を打つのが日常化していた。どうやら昨日は水蜘蛛の術を実演したようだ(秘かに忍術については興味がある)。

「それよりさ、今日の課題やった?」

「ん? 火の魔法についての論文か。やるわけないじゃん、そんなつまんないやつ。今日も頼りにしてますよ、アンドレ先生」

アンドレはルイに聞いたのが間違いだったと深くため息をついてからタブレット端末を鞄から取り出して、まとめた論文のファイルを開いた。「さすが、先生!」ルイはスマホのカメラでタブレットの画面を撮影して、画像の文字をテキスト化するアプリでコピペしてから適当に構成や文体をいじくっていた。

「へー。便利な機能があるもんだね」アンドレとルイのやり取りを隣で見ていたニコラスが席を立ち上がり、タブレット端末とルイのスマホを覗き込んだ。

「カサルスの論考を参照にしたのか、ふーん」

「二コは誰を参照にした?」アンドレは顎に手をやるニコラスを見上げて聞いた。

「僕はこいつさ」ニコラスは分厚い本をドンとアンドレの机の上に置いた。表紙には世界がまだ東西南北の国々に分かれる前の時代、創世記に実在した伝説の大魔導士ジャスメ・トーマ・ラスカイザ卿の名前と『五大要素と魔術回路』というタイトルが刻印されていた。

「ラスカイザ卿の……これは初期の本? こんな古い本、もうどこにもないと思ってたけど」

「まあ、父さんに借りたのさ」

「ああね」ニコラスの父親は魔術研究の第一人者で、彼もかなりの魔術オタクであることはこのクラスで周知の事実だ。

「でも、カサルスはAIによる詠唱導入とか魔法陣のプロジェクションマッピングなんかで魔導士協会からは異端視されてるから、彼の論考を参照にするのはかなりまずいと思うよ」

「そこについては論文にも前提として書いたんだ。でも、彼が魔術を機械化するにあたり、原理的な部分について研究がされていたから参照としては有用だったんだ、実際には」

「ふーん」

「え? そうなん? じゃあ、やっぱりニコの論文コピペさせて!」

「嫌だよ」

ニコラスの机をまさぐり始めたルイの肩をニコラスが両手で抑えて、そのはずみで椅子が倒れた。その時、ブーンという低く鈍い音が教室に鳴り響き、教室の前方にある教卓下の魔法陣からロイ先生が現れた。

「はい、静かに、そこ。朝礼を始める」ロイ先生は戯れるルイとニコラスを指差して二人を席に戻した。

「今日は昨日も話したが、野外実習だ。みんな机を下げて」ロイ先生に言われ、全員が起立して机と椅子を教室の後方に移動させた。前方の空いたスペースにロイ先生が杖で大きな魔法陣を描いた。「さあ、みんな中に入って」全員が魔法陣内に立ったのを確認して、ロイ先生は瞬間移動の魔法を詠唱した。生徒たちが足元から消えていき、教室には誰もいなくなった。

 

アンドレたちは山間の草原に立っていた。近くの山々は木々に覆われているが、遠くに行くにつれ緑は減り、彼方の高い山は岩山で灰色に見えた。

「みんな、幻獣は見たことあるか?」

「幻獣って、ユニコーンとかですか?」ルイが真っ先にロイ先生に尋ねた。

「そうだ。今日はドラゴンを呼び出す実習を行う。今回は子どものドラゴンを呼び寄せる呪文を教えるので、安心して。大人のドラゴンはみんなにはまだ扱えないんでね」

 

ドラゴ・マルダ・タイカン・ファブサ・ラキマ・コルス・テキア・スペム・サンザ……

 

ロイ先生が詠唱を終えると、小さな灰色の雲が彼の頭上に立ち込めて中で稲光を放ち始めた。キィヤアアアアという甲高い声が聞こえ、小さな手の平に収まるくらいの緑色の鱗で覆われた蜥蜴のような身体で双翼をパタパタと羽ばたかせる子ドラゴンが雲間から飛び出してきた。ワーという歓声と拍手が生徒たちから起こり、子ドラゴンは少し驚いた様子で小さな嘴のような口を開け、マッチの火くらいの火炎を吐き出した。

「さあ、みんなもトライして。ドラゴ・マルダ・タイカン……」ロイ先生に促され、生徒たちは皆おもむろに詠唱を始めた。続々と彼らの頭上に灰色の雲が現れ、中から青、赤、黄、白、黒、様々な色の鱗を持った子ドラゴンたちが飛び回った。

 

ドラゴ・ムキア・サルスト・シャキム・テルペーザ・クイート・メルムズ・スキア……

 

ニコラスがみんなとは違う詠唱を始め、隣にいたアンドレは訝しがった。「おー、こいつ小さいけど歯は立派だな~」ルイがアンドレの肩に手をやり、眼前に彼が召喚した紫の子ドラゴンを手のひらに載せて近づけたのでアンドレは顔を逸らした。

「先生! 火山の方がなんか変です」誰かが岩山の方を指差して叫び、生徒たちはみんなそちらを眺めた。岩山の頂上付近をすっぽりと覆う分厚い積乱雲が急速に大きくなり、彼らのいる草原の上にも厚い雲が立ち込めてみるみる暗くなっていた。ロイ先生は振り返り「まさか……誰だ!? 大ドラゴンの召喚術を唱えたやつは! 我々でも事前の申請が必要な第一級の魔術だぞ」と生徒たちを睨んだ。アンドレはニコラスの方を見た。ニコラスは右手の拳を握りしめ小さく打ち震えていたが、彼の横顔は少し誇らしげで輝いているように見えた。

「クソ! 校長に大目玉をくらうのは俺だぞ」ロイ先生は地団駄を踏みながら風でなびく草原の上に瞬間移動の魔法陣を描き始めた。しかし、それを子ドラゴンたちが戯れるように邪魔していた。ピカッと空を明るく照らす稲光が瞬き、ズドンとほぼ同時に大きな音が響いて雷が落ちた。ビジャアアアアと雷の音にも負けない大きく奇妙な音が岩山から聞こえた。皆は一斉にそちらを見た。黒く立ち込める雲を下から高く噴き出したマグマが赤く染めていた。再び大きな音が火山から聞こえ、吹き上がるマグマと共に黒い影が空中に映った。やがて影は大きくなり、彼らの頭上を黒い鱗で覆われたイグアナを何百倍にもした巨体とその身体の倍はある双翼を広げた大黒竜が飛び去った。その吹き返しの風でロイ先生も生徒たちも地面に伏せずにはいられなかった。大黒竜は灰色の雲が覆う空を旋回しながら、再び彼らの元へ戻って来た。

フレイ・モラム! アンドレはカサルスの本で読んだ火の呪文を唱えたが、大黒竜に向かう火の玉はその手前で双翼の羽ばたきによる風であっけなく消え去った。フレイ・ヤリスタ・デルザ! アンドレの横でニコラスが火の上位呪文を唱えた。人の倍はあろうかという火炎が大黒竜の前で大きく広がり、その巨躯を包み込んで燃え盛った。「やったか……」皆の視線の先、大きな炎の中で双翼の影はゆらゆらとその輪郭を次第にくっきり表して全てが元に戻った。烈・闘・回・空・写・天・陰……水! アンドレ達の背後でルイが聞きなれない言葉を唱えると、彼が両手を組んで変に折り曲げた指から大量の水が噴射された。大黒竜が一瞬怯み、そこへロイ先生が氷の上位呪文を唱えて大黒竜を氷の中へ閉じ込めた。「よし! 今のうちに逃げるぞ」ロイ先生が組みなおした魔法陣に生徒たちを入れて移動呪文を詠唱した。空中の巨大な氷はその間にもみるみる溶け出し、大黒竜が大きく開けた口から発射された光線が粉々になって飛び散る氷の欠片をまき散らして生徒たちの眼前に迫った瞬間、皆は一斉に見慣れた教室へと戻った。

「間一髪ってやつだな……」ルイが髪をかき上げてへたり込んだ。

「ニコ、あのドラゴンは君が……」アンドレがそう言うと、ニコラスは人差し指を口元に当てた。

「犯人捜しはしない。みんなの連帯責任だ。罰として今から教室の拭き掃除!」ロイ先生の言葉に「え~」とみんながため息を漏らした。

2021年1月31日公開

© 2021 松尾模糊

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