猫の目が赤く光り、赤い光線がアイリーンの束ねた長い黒髪の毛先をジリッと焼いた。胸部が地面に着くか着かないかくらいに上半身を前に屈め、左膝を立てて右足をピンと伸ばした状態で振り返ったアイリーンは白・黒・茶の毛並みを持つ三毛猫を確認した。
「こいつか、さっきからずっと尾けきてたのは」独り言ちて伸ばした右足を蹴り上げて宙を舞い、腰に仕舞っていた拳銃を引き抜くと同時に撃鉄を上げ、引き金を引いた。螺旋する弾痕を残しながら弾丸は三毛猫の狭い額に迫ったが、三毛猫は「ニャ!」と短い鳴き声を上げて垂直に飛んで弾丸をかわした。
「伸びきった身体は最も簡単な標的だ」
ジャンプした三毛猫に狙いを定め、アイリーンは冷酷な一発を放った。白い毛の部分に覆われた心の臓を貫くはずだったそれは、ジェット噴射しながら下半身と二つに分離した三毛猫の半身の間を空しく通り過ぎただけでコンクリートの壁に弾痕を残してアスファルトの上にその身を横たえた。三毛猫はくるりと回って音もなく着地しつつ、再び赤い閃光を両目からアイリーンに向かって放った。チッと舌打ちして、アイリーンは前方へ身体を屈めるように前転して再び銃口を三毛猫に向けた。
「そこまでだ」
黒い甲冑を纏った柴犬が二人の間に立ち、腰に下げた日本刀を鞘から抜いてその切っ先をアイリーンに向けて、小手に覆われた左前脚を魔改造猫に向けながら制止した。
「犬将軍みずからお出ましとは、穏やかではないな」アイリーンは鉢の上に施された龍を象った金の立物が目立つ兜の下から覗くつぶらな瞳をまっすぐに見つめながら叫んだ。
「説明は後だ。すでに主らは包囲されとる。観念せえ」
「先に仕掛けて来たのはその猫野郎だ」アイリーンはふてぶてしく右脚で脇腹を掻いている魔改造猫を顎でしゃくった。
「そうだろうな……」犬将軍は刀を鞘に納めて魔改造猫の方に足を向けた。
「知り合いか?」犬将軍の背中にアイリーンは聞いた。アイリーンの問いには答えず、犬将軍はまっすぐに魔改造猫のもとに歩み寄り、兜の下から伸びる鼻をクンクンと魔改造猫の茶毛に覆われた長い尻尾の付け根あたりを嗅ぎ回った。にゃーんと、らしい猫なで声を上げて魔改造猫も甲冑の隙間から出た犬将軍の丸まった尻尾の付け根あたりを嗅ぎ回っている。
「何なんだよ……」アイリーンは銃をホルスターに収めて二匹のスキンシップを遠目に、一人蚊帳の外なのをイラつきながら眺めた。
SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
BOW-WOWBOW-WOWBOW-WOWBOW-WOWBOW-WOW-WOW
突然二匹は毛を逆立ててお互いに牙を剥き出しに威嚇を始めた。アイリーンも反射的にホルスターに収めた銃の銃把を握った。犬将軍が鍔を左前脚ではじいて、柄を右前脚で引き、鋭く光る刀身を魔改造猫の首元に向けて薙ぎ払うも、猫の首輪が高速で回転し尖ったスタッズがその一閃を弾き飛ばした。魔改造猫はバク宙しながら胸部を開き、小型ミサイルを二発同時に発射した。弾かれた刀を引き戻し、二発の弾頭を切り落として犬将軍はアイリーンの方を振り向いて駆け出した。魔改造猫は犬将軍に向かって赤い光線を放射し、犬将軍がかわしたそれは当然、アイリーンに向かって来た。
「クソがっ!」アイリーンは横に回転しながら光線をかわし、犬将軍に銃口を向けて引き金を引いた。犬将軍は一振りで銃弾をはじいて真っ直ぐアイリーンに向かう。アイリーンは振り返ってその場を離れようとしたが、槍を持った大勢の犬足軽たちが遠吠えを上げながらものすごい勢いで四方から近づいていることを確認し、走る犬将軍とその後ろからさらに迫る魔改造猫に向かって猛ダッシュで走り出す。犬将軍の薙ぎ払う刀をかわし、回し蹴りを犬将軍の兜に見舞いながら「説明する気はないみたいだな」と吐き捨てる。「アイリーン、君は鍵なんだよ……世界を終わらせる」犬将軍は刀を振り上げる。その切っ先の上から飛び掛かって来た魔改造猫が赤い光線を二人に向けて放射し、二人は後方へと飛び退く。「鍵? 世界の終わり? 何の話だ?」アイリーンは前方に向かって走り抜ける。「かつてこの星を支配していた君たちの種族の家畜として信頼を得た我々が、君たちに代わりこの星を治めるようになった」魔改造猫の小型ミサイルをかわしながら犬将軍はアイリーンを追う。「我々の支配を嫌った猫はこの星を離れていたが、月の遺跡で君たちが再びこの星を取り戻すために一人の少女をこの星に送り込んだという石碑を発見した」「その少女がウチだと……」アイリーンは前方から向かって来た犬足軽たちに向けて銃弾を撃ち込み、弾倉を取り外し装弾した。「全てが明らかになった今、心苦しいが生かしておくわけにはいかん」犬将軍の振り下ろした刀は空を切った。
「あんたの話ですべて思い出した……でも、何で“世界の終わり”の鍵だということに疑問を持たなかった? 人間がやりそうなことなんてすぐに想像できるのに」
アイリーンは銃口を彼女の右側頭部に当てて引き金を引いた。螺旋する弾丸はアイリーンの黒髪を散らし、世界の終わりの風穴を開ける。
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