懺悔

諏訪真

小説

2,758文字

カルト教団に属していた男の顛末記。
教祖の命で犯罪を犯した過去を持つ男が長い逃亡の末、罪の意識に苛まれ自殺を試みる。

 男は自分が死人になりつつある事を感じ取っていた。駅のホームにて鼠に群がられ、その身を齧られるのは因果として当然であると思っている。新聞をとって振り払うのは、鼠を追い払うためではない。今日の日付を知るためだ。そのついでに、目を通した記事の端の方に、目を引く見出しが書いてある。○○の信者逮捕、と。これで実行犯は後~人となり、残った者は自分を含めても片手の指の数ほども無いことになる。

 

 あの時の自分は、などという弁解では無責任の誹りを到底逃れられない。何故地下鉄であの様な蛮行が成せたのだろうか。一滴で1万人殺害できるという、触れ込みにあの当時の男はどう受け止めたのだろう。受け入れたのは熱狂の最中だからだろうか。いや違う。あの時は不気味なほど冷め切っていた。冷静に考えたからこそ割り切ったのだ。それ以外の理由など今となって鑑みる事は、不可能に近い。

 その他には天気予報のみ確認した。明日の天気は、曇りのち晴れ、と。

 

 駅から逃れるように、町の中を男が行く。その身なりで、あてどなく彷徨う姿は浮浪者以外には見えまい。向かうべき場所すら知らずに太陽の下を歩きまわる、時に同じ場所すら繰り返して。吹き抜ける風はなく、日の光は容赦なく照りつけ男の歩みを重くする。疲労のため男は何処かで休むべく、偶々近くに見えた公園へと足を向かわせた。

 公園で喉を潤し、日陰のベンチに腰を下ろす。公園は親子連れが賑わう平日の風景であった。唯男の身なりとその体躯から放つ臭気の為、そのベンチの周りにだけ人がいない点を除けば。子供が近づくも、親は顔色を変えて子供の場所を移す。暫らくして公園から人がいなくなった。熱気と静けさのみ残った公園で男は過去を思い出していた。

 車に乗せられ、見張りが両脇を囲む。彼らは男が最後まで実行するのを見届けるためにいる。男は恐怖で身を引きつらせたままその運命の時を待つ。いや、本当はそこにいた者全員が同じ感覚を共有していたに違いない。誰も互いを信じない。信じない者が同士が同じ信仰を持っていた。男が深く記憶にのめり込む内に空が曇っていく。

 車は目的の場所まで来た。奴らは言葉では何も言わず、視線だけで指示する。今度は自分の足取りで目的の場所へと向かわなければならない。気分的に自分に結わえられたのは時限式でない手動の爆弾の、そのスイッチを自分で押すように命令された気分だった。右手に傘、左手に例のモノを持ち、電車に乗る。幾つかの駅を超え目的の場所まで来た時左手のモノをさも置き忘れたように、そして最後の仕上げ、傘で突き刺して、後は人の流れに乗って何事も無く去っていった。その後に起きた事は、もはや男の思惑の範疇など遥かに超えていた。

 ここまで思い至ると、雨が降ってきた。最後に思い出したことは、奴らいつも健康サンダル履いていたことか。笑うしかない。雨がだんだん激しくなる中、雨に打たれた男は乾いた笑い声を上げた。

 

 少しの間笑い続け、笑うのが馬鹿馬鹿しくなった所で顔を上げると向かいにマンションが見える。何気なく屋上に目を向け暫らく凝視していた。その内、あの高さならと、考え出した。いや、考える前に体が向かって行った。

 マンションの横の螺旋状の非常階段を昇って行く途中で段々とあの時の感覚に近い物を感じるようになった。昇り続けるうちにあの時の駅のホームに向かって行く光景と重なる。電車が来た。扉がゆっくりと開く。中に入り電車は動き出す。電車は男の意思とは関係なく目的の場所に向かい、男の階段を昇る足も無意識に動き続ける。記憶の中で目的の場所まで来た時、男も屋上まで来ていた。

 降りしきる雨の中、屋上にいるのは、男ただ独り。手すりを乗り越え地上を見下ろす。さっきまで自分がいた所が遥かに遠くに見えると、あの時に感じた恐怖が甦る。ここを踏み出せば恐怖は消える、はずだった。だが男はどうしてもその一歩が踏み出せない。手すりを握る手に汗が滲む。30分ほどそのまま地上を凝視していた。傘を突き刺してその場を離れたこと、その記憶が重なった時、男はまた手すりを乗り越えていた。手には錆だけ張り付いていた。

 

 男は再び敗北した。何に敗れたかさえ解らなかった。ただもう行く当てなど知れぬ。兎に角この場から離れたかった。雨は刻一刻と激しくなり、男はずぶ濡れになりながら足の向くまま彷徨っていた。始めから意思など介在しない。意思と呼べるもの、それは教団に入った時から置き忘れていた。もう、取り戻せない。死ぬ事すら出来ない。彷徨い、そして足が止まる頃、道の脇に一軒の教会が在った。何故か凝視して、そして動けなくなった。今更何を、と思ったが、寒さが窮まってきたので雨が止むまでと、思って教会の扉を開けた。

 人が帰るところだった。幾人かとすれ違いに入った。人の少なくなった教会は沈黙のみが在り、神の家としての荘厳さに包まれている、と言えばまた昔の自分と重なりそうだったが、此処ではその様な事を思い出させはしなかった。俯き、死んだように佇んでいると神父が男に気付き優しく声を掛けタオルを持ってきて渡した。

「この雨の中をようこそ御出で頂きました。何か温かい物でもいかがですか」

 男は無言でただ頷き、奥へと通され振舞ってもらったスープを啜った。男は久々にまともな物を口に出来た。体だけでなく、心にも少し熱が戻って来た、そんな気がした。神父は尚もこの浮浪者同然の男を気遣った。少しづつ男に意思が戻りつつあった。この腹の底に溜まった様な罪悪感を、少しでも除こうと思い、男は神父にこう打ち明けた

 「どうか懺悔をさせて下さい」

 懺悔室に通され、男は今まで自分とその仲間が行ってきた事全て話した。喋って、喋って喋り尽くすまで語った。神父はただ黙って聞いていた。この男が今まで見せた事が無いほど闊達に口が動く事に一抹の動揺を感じながら、そして「別の意味で」同情しながら。

語り尽くす頃、男にははっきりと自分の変化を感じ取っていた。長い事巣食っていた病巣を切除した様な、そんな身軽さを確信した。男は神父に礼を言ってその場を去った。神父は悲痛な表情を隠しながら見送った。

 

 それから暫らくである。男が教会から数100mも歩かぬ内に警察に捕まってしまった。

男は何故捕まったのか理解できなかった。人相も変え、指紋も削り落としているのに。この理由を探る手がかりは、あの神父の日記に記載してあるので転載する。

 □月×日

また今日も罪深い子羊が迷い込んできた。解っているとは言え酷い事だ。懺悔室の内容を警察に提出しろとは。しかしそれはあの教団のテロ故からか。しかし今日来た罪人が将にその時の実行犯とは。これも運命でしょうか。彼の行く先に僅かでも希望が在らん事を。

2020年7月13日公開

© 2020 諏訪真

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