やみのなかの住まい

かくおとこ(第7話)

応募作品

吉田柚葉

小説

3,987文字

合評会参加作です。普通の家庭が欲しかった人の話です。たぶんそんな感じです。

感染性胃腸炎をわずらって一週間ほど家でやすんでいた。

やすむと言っても、一日のうち、ベッドの上で平穏にすごせる時間は希少だった。たいてい私は、トイレにいた。ざるになった胃に、身もこころも支配されていた。

ほとんど水さえ口にしていないのに、便はいくらでも出た。水の上に水が落ちる音を立てて、便はいくらでも出た。

見ると、きまってそれは、墨の色をしているのだった。で、たまごのくさったにおいがするのだから、私が厭世的なきもちになるのは、無理からぬことである。

 光が頭痛にさわるので、家のなかは、まっくらにしていた。寝室からトイレまで、私は闇のなかを往復しつづけた。つねに私は、まえかがみの姿勢だった。低いトンネルをくぐるけしきだ。

 ぬけた、と感じたのは、教え子からのLINEを確認したのと、ほとんど同時だった。

 その日は、本来なら大学の講義があった。三日前から休講の連絡は出しているはずだったが、そういうものを見る学生ではなかった。私の体調を気づかうのもそこそこに、私のGメールに長編のつづきを送ったとの報告がつづられていた。

 私は、つみほろぼしのつもりで、すぐにGメールを確認した。そうして、添付されていたワードのファイルをひらき、プリントアウトした。

 小説は、くらいトンネルをすすんでいた。

 地の文で、とりとめもなく、暗中問答じみた心理描写がつづいていた。主人公の女は、じぶんの腹にやどした命に謝罪していた。それが人間になるまえに処理するほかないじぶんののっぴきならない人生をのろっていた。社会をのろっていた。男をのろい、親をのろっていた。

 わたしは、先週よりあらたに書き足された頁に、おおきく「×」をつけた。学生が長編に着手しはじめてから、何度目かの指示だった。

 めずらしく私は、学生のLINEにメッセージををかえした。

「気づかいありがとう。ところで、送ってくれた小説の件ですが、今週書いたところは、もういちどよく考えてから書いた方が良いと思う。急がず、一週間でも二週間でも寝かせておけば、物語が発酵してくるかもよ。」

 なかなか既読がつかなかった。おそらく、アルバイトに行ったのだろう。なんとはなしに私は、LINEのトーク画面をながめた。だいたいが、ファミリーレストランでまちあわせるためのものだった。何時にしますか。二十二時頃にしましょう。今日、お時間大丈夫ですか。では、二十二時頃でよろしいでしょうか。……

 学生のアイコンをタップしてみた。ホーム画面があらわれる。さらにアイコンをタップする。アイコンの全貌があらわれた。

 アイコンは、学生本人のバストアップ写真である。たれた眉の下は、ちょっと斜視っぽくて、外視覚からのびる鼻筋は、定規でもあてたごとくである。髪はみじかく、くわえて天然パーマ気味なので、写真だけ見ると、野放図にそだてられた少年のたたずまいだ。だがじっさいにかのじょと対峙すると、色香が燃え、ともすれば私は、それにのみこまれそうになる。

 じぶんの子どもでもおかしくない歳だ。

 そうおもって、じっさいに計算してみる。

 四十五から二十を引く。二十五のときの子どもである。やはりおかしくない。

 だが、こう計算してみること自体がおかしいと言える。

 学生時代、一ヵ月の金のやりくりのため、一日あたりにつかえる金額を電卓ではじいたことがあった。私のじんせいにとり、計算とは必要にかられてするものにほかならなかった。一方に、生きるためにおこなうための計算があるとして、じぶんとじぶんの教え子との年齢差を出す計算は、はたしてどういう意味を持つのだろう。……

とたん、指から結婚指輪が落ちた。まったく何の前ぶれもなかった。おそらく、この一週間でやせたのだろう。私は、指輪をつけなおし、コートをはおって、外にでた。

 月はなく、しずかな夜であった。

 むかいの坂をあがると、公道に出る。歩道を左右どちらに折れても、煌々とした街灯が延々とつづき、十階とか十五階とかのマンションが、累々たるけしきで、それらをかこむ。子を持たぬ、金もち夫婦のねぐらである。

 私と妻の家だって、もとはと言えば、いずれできるであろうその子のために、一軒家をえらんだのだった。

「のびのびと」

 妻は、当時、そんな言葉をつかって私を説得した。だが、かのじょができない躯だと判明してからのち、私たちふたりだけのためには、あまりにその家はひろすぎることに気がついた。ちいさなからだがかけまわるためにつくった庭も、三人の憩いのために植えた柿の木も、さきぼそりでしかないふたりの人生にかさねると、ぶざまでしかなかった。妻が心の風邪にかかったのも、ために現在、この家をはなれて実家でその療養にあてているのも、とうぜんのことと思われた。

 私は、夜道を往く。

 五月もなかばにさしかかり、気温は安定していた。歩くには良かったが、月まで塗り込められたおおいなる闇のなかにあって、地上に植えられた人工のひかりだけをよりどころとしているようでは、この土地のどこまで行っても、だれかのてのひらの上である。

「中島先生ですよね」

 背後で声がした。私はたちどまった。

 ふりむくと、五メートルほどはなれたところに、人影があった。くらくてよく見えないが、それでも、ダウンジャケットを着ているのは確認できた。

「私に声をかけたのかな」

 そうです、と影は男の声で言った。

「何の用かわからないけど、もうすこしちかづいてくれないか。顔がわからない人間と話すのは厭なんだ」

 私はあえて「厭」という語彙を選択した。男への敵意がその理由であるが、もうすこし丁寧にかんがえても、「苦手」ではないし、「不本意」でもない。やはり「厭」なのであった。

「わかりました。すみません」

 そう言って影は、無防備なのをしめすつもりなのか、その場で両手をぶらぶらさせてから、ゆっくりと私に近づいてきた。

 街灯のあかりにてらされた男の顔は、まだ幼かった。あごに髭をたくわえているが、それが不似合いはなはだしく、おそらく十七とか十八とか……、とにかく未成年だろう、頬にはニキビもある。

「こんな時間に外に出歩いちゃダメだよ。ほら、肌にも悪い」

 青年は無視した。そうして、

「先生、萌愛ちゃんに近づくのをやめてください」

 と泰然として言った。

 もえ、と聞いて、そくざに「もえ」という文字が浮かんだ。くだんの教え子の、LINEのアカウント名である。私は、そいつがかのじょのストーカーであることを了解した。

 わかった、と私は言った。で、

 事情はよくわからないが、こんな、まちぶせのようなことまでして頼むのだから、よほどのことなのだろう。わかったよ、わかった。

 とつづけた。

 青年は、うなずいた。で、

「では、たしかに聞きましたからね」

 とつよく言った。そのひとみは、すこしく涙をたたえているように見えた。私はそれに意外の感をいだいた。

 青年は、もときた道をひきかえしていった。完全に見えなくなるまで、私はそれを見まもった。

 そのまましばらく近所を散歩して家にもどった。書斎に入り、机にむかった。部屋の電気はつけず、デスクライトで手もとだけてらして、そこに大学ノートをひろげた。明日までにしあげねはならない評論があった。仕事などできる頭ではなかったが、だからこそいま書くべきだと思った。

 評論のテーマは、すでにむこうでもうけられていた。桑田佳祐の歌詞について書けとのことである。どうしてそんなテーマが私にまわってきたのか、何ひとつ身におぼえがなかった。私は、おくりつけられた数十枚のCDから歌詞カードだけひきぬき、大学ノートにメモをとりながらそれを読んだ。二時間ほどそうした。

 原稿はワードソフトでつくった。小説は手書きだが、こういうこまごましたものは、パソコンの方がはやかった。

 おおよそ書くことのおもいつかない題材であったが、それでも私は、一晩かけ、五十枚の評論をものした。

「桑田の歌詞に登場する男は、よく涙を流す。」

 そうはじめた。

 次に「おもえば、ついさいきんまで日本人の男は人前でよく涙を見せた。」、とつづけた。で、田山花袋の『蒲団』の末尾ちかく、主人公の中年の男が、「天鵞絨の襟に顔を埋めて泣」くシーンについてふれ、そこから、『声に出して歌いたい日本文学』という桑田の楽曲に強引につなげ、桑田と日本文学との関連性についてじつにいい加減な論を展開した。

 執筆中、「泣く」とか、「涙」とか、そう言った文字が活字として私の目に飛びこむたび、じぶんの文章ではないような、つまり、そういった表現をこれまでじぶんの作品でつかったことがないことに、気がついた。出来上がった原稿は、ぶさいくで、愛のない文章であったが、その発見があったことは、今後のために良かったと感じた。

 すでに朝も九時をまわっていた。「もえ」からLINEにメッセージがあった。徹夜明けのズタズタの頭にあって、自作を切りすてられたかのじょの反応を見ることは、おおきな負担になると考え、さきにすこしベッドで横になろうと思った。で、枕に頭をうずめたとたん、脳裏に昨夜の青年の涙が光った。

 飛び起きて私は、スマートフォンに手を伸ばした。メッセージには、「分かりました。熟考してみます」とだけあった。安堵して、アプリを閉じようとすると、妻からメッセージが届いていることに気づいた。じつに五ヵ月ぶりの連絡である。「写真を送信しました」とある。

 見ると、木のかぶを俯瞰して撮ったものであった。場所はおそらく、かのじょの実家の庭だろう。だが、木のかぶに見おぼえはない。

 あらたに、メッセージが届いた。

「朝から、業者の方に柿の木を切ってもらいました。病気にかかっていたようです」

 私は、妻が何かとりかえしのつかないことをしてしまったと感じた。だが、うわべだけでも肯定的な言葉をならべようと、メッセージ入力欄に文章を書いては消し、書いては消しをくりかえした。

2019年12月29日公開

作品集『かくおとこ』第7話 (全14話)

© 2019 吉田柚葉

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リアリズム文学 純文学

"やみのなかの住まい"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2020-01-21 11:51

    かくおとこシリーズの1ピースで合評を刺しに来たのに気づいたのが中盤から。本作を読解するにはコンテクストが足りない。あとでシリーズ全作を読まねばならぬ。全体に言葉遣いが妙なのはたぶん仕込みだろう。あぶないあぶない。

  • 投稿者 | 2020-01-24 00:22

    結婚指輪が落ちたのは、「私」の体の不調を表しているだけでなく、妻に対する気持ちが離れたことも表しているのかなと思いました。妻のLINEのメッセージは、彼女が一歩前進したサインのようにも捉えられそうだけれど、「私」はそうは感じていないので、教え子のほうに気持ちが向いているのだろうと思いました。

  • 投稿者 | 2020-01-24 14:05

    文章は古風な感じなところに「LINE」という文字が出てくるところ、そこに違和感があった。あと、「できない」妻の話も宙ぶらりんで、女子高生の話も瓦解しているように感じる。「普通」要素が読み取ることができずであった。

  • 投稿者 | 2020-01-25 11:07

    言葉遣いや漢字の表記に至るまで作者のこだわりが徹底されており、読んでいて息苦しくなってくるくらい全編を通して緊張感を保った文章になっている。大学での仕事と破綻ぎみの家庭生活を二本柱で描いている点、過剰なまでに抑制のきいた語り口はジョン・ウィリアムズの『ストーナー』にかなり似ていると感じた。

  • 投稿者 | 2020-01-25 13:50

    漢字で表記すれば読みやすいのにと思う単語かちらちらと、それが何かの意味を持っているのかと勘繰るも、そういえば前回の合評会作品もそうだったなと思う意に至り、これが吉田さんのアジなのかと。表記についてはさておき、文章はとてつもなくうまく、節々で感心すること頻り。
    作品内容が今回の合評会のテーマに沿っているかと言えば、やや弱いかしら。

  • 投稿者 | 2020-01-26 10:58

    僕はだいたい便秘と下痢を繰り返しているのですがそれを墨みたいと思ったことがなかったので新鮮でした。蒲団という小説を想起しました。

  • 投稿者 | 2020-01-26 12:45

    近代的な語り口は、今となっては逆に新鮮に思えて破滅派らしさを感じました。ひとつストーカーらしき男までも書生のような台詞を発していたところに違和感を感じました。桑田佳祐の歌詞論は面白いと思います。

  • 投稿者 | 2020-01-26 23:10

    BGMに『逢いたくなった時に君はここにいない』を流してるんじゃないかってくらい、言い訳がましくみみっちくセンチメンタルな主人公。あと、その青年、ホントにストーカーなんですかね。

  • 編集者 | 2020-01-27 14:24

    登場人物の妙については他の人が皆書いてしまった。桑田佳祐と日本文学との関連性は、桑田佳祐の歌詞も日本文学も大体日本語で書かれている点に注目できます。

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