翌日、俺はボロいソファに横になり、しばらく何もしないでいたが、テレビを付けた。最新の家電事情を芸能人がチェックする番組が最初に写っていたのがつまらなくてチャンネルを変えると、これまた芸能人達のトーク番組をやっていた。しかし俺はそこに混血の芸能人が居るのを見つけ、チャンネルを変える手を止めた。十人より多い芸能人達が、何か言われる度に大笑いしてイスから立ち上がったり横の人間を小突いたり前の床まで降りて転げまわったりする。そんなオーバーリアクションの著しい人々を眺めていると、混血の芸能人にも発言の機会が回ってきた。爽やかな、恐らくアングロサクソンとの混血の様に見える青年に司会役が問いかける。
『……それで、ジムくんは普段何食ってるの?』
『何でも食べますよー』
『そう言う答えが一番困るんだよッ』
『えへへへ』
『お母さんアメリカ人なんでしょ、やっぱり肉料理かな?』
『お肉も好きですけどヘルシーな料理も作ってくれたりしましたよ』
『ほうほう、じゃあジムくん昨日の昼飯は何?』
『ビッグマック』
『オイッ!』
スタッフたちの笑い声が入るがちっともつまらない、他愛のないやり取りを見ていると、けばけばしいテロップが入った。
“ここでジムくんの意外な夢が明らかに!”
『ジムくんは今まで何カ国行った事あるの?』
『ディズニーランド、カーテンじゅうたん王国、那須塩原天上天下東西南北大宇宙どうぶつ王国……』
『それちゃうから!』
隣の芸能人に突っ込まれ、“ジムくん”は真面目に答え始めた。
『アメリカに一度帰っただけです』
『一回か』
『もっと帰りたいと思わへん?』
『日本に慣れてますからねー』
『日本人より日本人らしいな!』
『ハッハッハ』
前段に座っていた芸能人が“ジムくん”に振り返る。
『ジムくん、モテる?俺の娘、明日で十二なんだけどちょっと嫁のアテに……』
『早いですから!まだ早い!』
『是非紹介してください』
『ジムくんもかい!』
『ジムくん、意外に高学歴だからね、将来も安心そう』
『ほおー』
スタジオに感嘆の声が響いた。画面には“ジムくん”の有名大卒の学歴が表示された。
『政経!』
『将来は政治家ですか』
『うーん、総理大臣になるのも良いですね』
『ジム総理大臣か!ハーフの総理大臣!こら問題になるかもな!』
『ウワッハッハッハ』
『ハーフ国!でも周りの国と仲良く出来そうやね!』
俺はグウーッと伸びをした後、横になってテレビから顔を背けた。これが世間的な、12歳で嫁に出しても良い、ハーフ顔の一種か。
“ハーフ国!”
“ 問題になる!”
問題になるのは日本人のつまらない感覚によってであって、それ以外には全く無いのだが。だがこの一芸能人の夢物語にそこまで考えを巡らせる気が起きなかった。その時、携帯電話が鳴り始めた。画面には、従兄の名前が表示されていた。俺は少し躊躇した後、仕方なく電話を取った。
「それでー」
俺の目の前ではいつの間にか飲み会が始まっていた。従兄が数合わせに俺を呼んだせいで、俺はちっともつまらない立場に立たされていた。まず、ハーフだと言う事だけが伝わっていて、テレビから飛び出してきたようなステレオタイプが組まれる。俺が実際現れると、そこにいるのは褐色の男であって、アングロサクソンのモデルではない。皆は俺から目を逸らす。俺を呼んだ従兄すら。
「女ってだけでー仕事減らされるのが逆に嫌でー」
「うんうん」
「やっぱりみんな等しく! あ、でもやっぱりガイジンわなー」
ふと耳を傾けると、小ざっぱりした女が何か最近の仕事の不満を述べているが、混血ピエロで履歴書上は無職の俺には全く興味が湧かない。オマタにバイブでも突っ込みながら仕事したらいいのではないかと思いながら、ビールをあおった。
「ほらー、職場にインド人が居てー、こうゆーのってーネットだとーなんかワクワクする話ばかり目にするじゃないですかー、でもーその人の弁当超スパイス臭くってー」
聞くに値しないろくでもない話のために俺は更にビールをあおった。
「でも、ほら、働いてるだけ偉いよモトコちゃんは」
「そーお?」
「ここにいる、ほら、ルキオなんか無職だよー無職」
「えー」
「ハーフなんだからなあ、こいつ、ほら」
従兄は、この間俺が取材された、“無難な”男女共同参画人権冊子を取り出し、周囲に見せびらかした。一同からはウーンとかホーとでも言うような唸り声が響いた。そこにはやはり、この間考えたとおりの、架空の俺がいる。全てを無難に済ませようとする俺の顔が写っている。サトシと言う男が笑って手を叩いた。
「すっげえー本に出てるんだあ」
"混血は怒声の中で立ち上がり (混伏・下)"へのコメント 0件