日常。(73)

日常。(第66話)

mina

小説

1,505文字

「こうやってキミと話していると、とても楽しいよ」
最近週に少なくても3日は現れるヤマグチさん、
今話題のスイーツを手みやげにそれを一緒に食べながら60分間ただ喋るだけの人
「今日はねデパ地下で美味しそうなわらび餅買ってきたよ」
「今日も美味しそう、いつもありがとう」
「ううん、僕の方こそいつもありがとう…こんな僕の相手にいつも付き合ってくれて」
「 … 」
ヤマグチさんは“こんな僕”というのが口グセで、
いつもへつらっているっていうか…
何かその態度が何となく腑に落ちないっていうか…
っていうか多分私がそういう風に言う男の人が嫌いなので、
未だにヤマグチさんのことが苦手だったりするだから
ヤマグチさんとただ話すだけの60分間は本当に苦痛でしかなかった
「あぁ僕の奥さんがキミみたいな優しい人だったらいいのに」
ヤマグチさんとする会話の大半は奥さんの悪口、愚痴だ
「 … 」
私は見たことのない女の人の悪口を延々聞かされ、最後には必ず
「もっと早くキミに出逢えていたらなぁ」
という決め台詞で会話が終わり、
何かを期待しているような目でずっと見つめられるずっとこのパターン

私はもう飽き飽きしていたのだ
このヤマグチさんと過ごす60分間に

「でも奥さんのことを愛していたから結婚したんでしょ?」
「…いや、あせってたからかな」
「あせってた?」
「そう、周りがみんな結婚していたし、未婚だと会社でも浮いてしまうというか…体裁が悪くてね」
ヤマグチさんに何をどう言ってもネガティブな奥さんの悪口しか出てこない
それは私に対するアピールかも知れないんだけど、
私にとってそんなアピールは不快なだけで、
私とヤマグチさんの間にお金が発生し
ていてヤマグチさんがお客様だから我慢してるけど…

ヤマグチさんがお客様ではなくて、普通に出逢っていたとしたら絶対に好きにはならない
むしろ嫌悪感を覚え、無視してしまうかも知れない
どんなに素敵なシチュエーションで出逢ったとしてもその考え方や言動で嫌になり、
ヤマグチさんのことを初めからなかったことに出逢わなかったことにすると思う

そんな私の想いとは裏腹に今日もヤマグチさんは私に逢いに来る
今話題になっている女の子が喜びそうなスイーツ持参で
「今日はねマカロンを買ってきたんだ、この前好きだって言ってたから」
「うわ!ありがとう、ここのマカロン大好きなんだ」
大好きなお店のマカロンを差し出され、不覚にもテンションが上がってしまった
「初めてだな…」
「え?」
「僕がスイーツを渡してキミが笑顔になったの」
「そうかな?」
内心私って正直だなって思った
「…今まで僕は自分の好きなモノやテレビや雑誌で話題のスイーツばかり買ってきていてキミが好きなモノを意識していなかったんだ」
「 … 」
「だから今日はキミが好きだって言ってたお店のマカロンを買ってきたんだよ」
ヤマグチさんにこういうところがあるなんて意外だった
「キミは僕と楽しそうに話していてくれたけど、僕は僕の話しばかり話していて、キミの話しを聞いていなかった…だからこんなに長い間キミと過ごしていたのに僕はキミのことを何1つ知らない」
「それでいいんですよ、アナタの時間なんですから」
「…でも僕は…」
「 ? 」
「キミのことをもっと知りたいって改めて思ったんだ」
驚いた、ヤマグチさんが急にそんなこと言うなんて思ってもみなかった
「僕は…キミのことが大好きなんだ」
「 … 」
ヤマグチさんの目は本気だった
私はその真剣な眼差しにちょっと心奪われてしまった
「じゃあ今日は…」
そう言って私はヤマグチさんにキスをした
「2人が近づくにはこれが1番だと思いませんか?」
「…うん」
そのキスがあまりにも甘すぎたので私は久しぶりに濡れてしまっていた

                end

2015年12月25日公開

作品集『日常。』第66話 (全70話)

© 2015 mina

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