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猿の天麩羅 10

猿の天麩羅(第10話)

尼子猩庵

 不条理な大幸運に飄々と忍従する中学生少年少女たちのロードムービー。

 異世界にして過去世。未来にして神話時代。下劣にして荘厳。地獄にしてユートピア。

 図書館にはなく、本棚にはある。人生で二度捨てる。

※第13回ハヤカワSFコンテスト二次選考落選。

タグ: #SF #シュルレアリスム #ナンセンス #ファンタジー #旅

小説

13,683文字

 

 

 

――キンケイの声変わりは、狭心症のリフティングよりも、高価か低価か?……

――漁師町の信心深さが根づいたと同時に枯れた元々の大木は次のうちどれか? 一、傾斜。二、鈍角。三、傾斜。四、鈍角……

バスのきれいなことにそのうち道路のほうで釣り合って、やにわに舗装されてきれいになるかもしれないと虚しい期待をかけ、しばらく街道を走った。それは「せっかくバスが薄汚れた途端に道路がきれいになったら笑っちゃうね」と穂野が、自分でも気づかずに頭のどこかで考えたのを知明が発見し、それによって現れた期待だった。

けれども道路はずっと薄汚かった。土埃を舞い上げて走っていたがバスはなかなか汚れなかった。そして無理矢理汚しても道路は自然に汚れているのだからどのみち馴染まないであろうと思われた。馴染む馴染まないの問題の実質的な如何は、二人にはわからないので、つまりはのっぴきならない問題なのだった。それなのでなにか枝道があれば入って行き、寄り道しながら自然に汚れるのを待った。

信じられないくらい高齢な人ばかり歩いている地域や、子どもしかいないのではないかと思われる地域、第三の性別のような人から、第六くらいの性別のような人ばかり歩いている地域など、のんびりとめぐっては街道に戻った。《蘭鋳らんちゅう街道》と標識があったけれど水路や貯水池はことごとく干上がっていた。やがて《夾竹桃街道》や《棗椰子街道》と看板に書かれてあったけれども、むろんいつか通った同名の街道ではなかった。

誰も歩いていない地域の中央に邪神の別荘のような邸宅が建っているのを見て、知明と穂野はたいそう悪趣味だと思ったので訪ねた。服や髪が艶やかに乱れたメイドさんが出て来たので、なにも用事がないことを伝えると、邸宅の主人からお茶に招待された。

暗い部屋に通されて、ひじょうに高価な紅茶とケーキを御馳走になった。外観に恥じぬおどろおどろしさな大広間で、どこか体の悪そうな主人はたいそうしゃべった。

「僕は一緒に過ごした体験をふんだんに持った人にしか一目惚れができないし、一目惚れした人としかそもそも一緒に過ごせないのです。つまり一般の愛情を持つことができない――呪いのようなものですわ」

どうゆうこっちゃと穂野が思うと、知明がシッ、と思った。ところでメイドさんは主人とひじょうに顔かたちが似ていたけれども、それについてはなんの紹介もなく、

「この家の地下深くには、ものすごい高効率な地熱発電所が埋めてありましてね。そして他言無用に願うが、僕は電気を固形化する技術を持っておりまして、あるルートである国に売りつけているんだけれども、これがひじょうに儲かる。

この技術は一族代々の秘儀でしてね。僕の親父が若いころに反抗心からアカデミーへ発表したんだが、同じ手順を踏んでも誰も固形化できないんですよ。どうしてか我が一族がやった時だけ固形化が起こる。だからけっきょく認められず、まあそのおかげで安全なんですが。

ええ、ここにいるあいだは色々と安心ですよ。地震が来るのを数十秒前に探知しますでしょう、そしたらこの家はジェット噴射と強力な磁力で以て数十センチ浮遊するんですな。それから他にも――いや自慢話はこれくらいにして、僕はね、まことに厖大に稼いだので無数の恨みを買いました。しかし僕に危害なんぞ加えよう者は、どえらいひどい目にあうことを誰しも知っていますからね。

――僕が誰だかわかりますか? ……わからないなら、あなたがたは幸いです。これ以上の幸いはないほど幸いだ。

僕の安全は復讐のからくりの完成によります。あちこちに莫大の謝礼と脅迫を張りめぐらせているのでね。それはもう世界中が一丸となって調べたところで、どうしても調べ尽くせないほど綿密に、複雑に、粗雑にね。金儲けに費やしたのと同じか、それ以上の時間と労力を使ってこの完璧なシステムを僕は作り上げた。

たとえば僕が消えれば有益になる団体があるとして、これが甲、そしてこの団体と敵対する団体が乙とすれば、乙が甲を装って僕を消そうとする場合なんかが考えられますわな。もう神も騙すくらい巧みに巧みにやった場合ですがね。自分たちにさえそんな意識はなかったくらいのレヴェルでね。しかし無駄ですよ。僕のシステムはかならず真犯人を嗅ぎ当てる。もう何度も実験してみたんですが、いくらやってみても同じで、まったく面白くないほど完璧に嗅ぎ当てましたよ。時代がいくら移ろってもこのからくりは破れますまい。時代というものが、人類の上に引っかかってる限りはね。

だから僕はもう、たとえば誘拐されて密室に閉じ込められて痛めつけられながら、『貴様のからくりはことごとく失効した』とかなんとか言われるようなことになると面白いなあと思いますよ。『貴様はけっきょくなにも完成しちゃいなかったんだ、すごく不完全で、不手際で、みんな恥ずかしいから見て見ないふりをしてるようなからくりだったんだよ』とかなんとか言われたら面白いだろうなと。

それでそのまま僕が絶望して殺されちゃった、そのあとでね、僕の知らないところで、もう僕も信じてないようなところでですよ、延々とからくりは発動するんですな。僕の殺害に関与した者は、その血筋の最後の一滴まで、いくら薄かろうがヘモグロビン一個だけでも有しておる最後の一匹まで、最大限の苦痛と恥辱ののちにいなくなるし、一切の不名誉な事件の真犯人として歴史に記録されるし、死後も無数の坊主たちから永遠に呪詛を受け続けることになるんですわ」

艶やかに服や髪を乱したメイドさんは、最初は主人のとなりに立っていたけれど、ある時主人の足元の机の下に潜ってしまってからは現れなかった。知明と穂野はケーキを食べてお茶を飲み干すと、うやうやしくお辞儀して邸宅を出た。見送りに出て来る主人は不満そうだったが、それだからこそ招待したのだったねと言って、そうだなにかお土産を持たせよう、スバラシイお土産をと探し始めたから、目を盗んで逃げた。

サイドミラーの中で小さくなって行く邸宅を見つつ、自分が神さまだったらここで邸宅に隕石を落とすよ、それなら完全なからくりでも復讐ができないものなと知明が考えると、穂野はううむと考えて、でもその場合、お天道様が、親戚の最後の一人まで皆殺しにされて、不名誉な犯人にされて、永遠に呪われてしまうよと考えた。

言語思考の病状の一つは大いなるものと瑣末なものを同等に扱うところだなと知明が考えると、穂野は、今なんだか同時にいくつも考えてたよと指摘した。怖いからやめてほしい。無理でもいいから。

わかった。きっとやめる。やめれそう?

うん。つまり五感が世界から受け取る刺激を直訳のみして――統覚機能を黙らせて感覚器官にのみマイクを渡して――言葉の意味や印象が変転するから言語思考は人格を――言語の起源を自省すれば遂には猿を崇める最終宗教に至って仕舞いかしら。だって猿は文明を創造して人間になったけれども、人間はそれを引き継いでいるだけだものな。猿の猿真似が人間さ。

……だめだこりゃ。

 

昔日に理性崇拝抑止放送だったものが流れている。

――町には今日、午前中だけで、電車が七本通った。曇り空には、音だけの飛行機が四機通った。午後からは、電車が十八本通り、晴れ渡った空に飛行機が三十機通った。(上空の飛行機の音は聞こえない。すると曇り空だった午前中にも、もっと多く通っていたのに、上空だったので聞こえなかったため、数えられなかったのかもしれない。ただ、空が晴れ、湿度が下がった分、午後は午前中よりも、音の触手は短くなっている。)さて、午前と午後、タクシーはそれぞれ何台通ったか?……

埃っぽい道路を延々と走った。大小の町があまた現れたけれど、ほとんど立ち寄らず、いく夜も野営が続いた。道路には追い越す者も追い越される者も、縦に並ぶ者もすれ違う者もなかった。途中に《尼騾馬あまらば州》と書かれた標識があり、そこからは見渡す限りの水田で、ほとんどが放置されて久しいらしかったが、いくつかは今も耕されていた。

バスを停めて体操し、そのへんにぼんやりと座っている時のこと、一つの水田の畦に鴨が一羽きり座っているのを穂野がえらく気に留めているので、知明も眺めた。

すると、二人のどちらが作った物ともしれない、どちらでもないような、まるで数十人の手になるような話が鴨に降りかかって来た。それを知明がまとめた。

――あの鴨はつまり、水田へ、出勤して来たのだけれども、仲間がストライキで、いないのであった。彼は名前を篤介といって、病気の妻と子どもを養わなければならないので、ストライキに参加せず、出て来たのだが、工場は、工員たちの不在のため、仕様がないから臨時休業になっていた。

それで彼は、なにもすることがなくて、あそこに座っている。工場主はやがて、組合の要求をのんで職場環境を改善し、全員の給料を上げる。それでふたたび働き出した工員たちは、篤介を裏切り者だと言って仲間はずれにする。権力の犬の鴨めと言われる。工場主も、工員たちを怒らせたくないので、一人だけ出勤していた篤介を守ってくれない。孤独な篤介は、居心地が悪いけれど、病気の妻と子どものために働き続ける。

……それじゃあ次は、篤介の来世の話をして。と穂野が思った。……それとも、来世なんてない?

――あるとも。篤介は、来世でも、ああしてあそこに座っている。けれども事情が違う。来世の篤介は、ある日、小さな売り物件を買った。けれどもそこには住まずに、それを人に貸した。そしてまた、小さな売り物件を買って、住まずに人に貸した。これをくり返して行くと、どんどん赤字を作るばかりなはずだった。

けれどもこうした行為を、金のほうが気に入って、四方八方から彼のもとへ殺到した。宝くじ、馬、株、遠い親戚の遺産、非合法な落とし物、孤独な玉の輿未亡人、極めて原始的なのに発見されていなかった発明による特許、云々、云々云々。

© 2025 尼子猩庵 ( 2025年7月3日公開

作品集『猿の天麩羅』第10話 (全13話)

猿の天麩羅

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