日が暮れると屋台が一斉に提灯を灯した。
昼間と同じ街道だとは思われなかった。地面もいつの間にか石畳ではなくなって土がむき出しになっていた。肌寒いほど涼しくなって、どこかで蛙を食い過ぎた蛇が蛙の声で鳴いていた。
提灯の色や模様によって屋台の商い物がわかるのだったけれど、六人がその法則を把握するころには時間帯による変更が起こった。
まだ日暮れ前のこと、瞳孔を開く目薬を売っている屋台があったので、夜になったら差そう、よく見えるぜと言い合って買っていたはずが、なくしてしまっていた。すると瓢藤が、じつは金を払ってお釣りをもらって、誰も商品を受け取っていなかったのだが、みんな気づいていないから黙っていたのだと打ち明けて一人で笑った。
空が靄って星が暗かった。黒い山々の稜線に後光が射しているのは山向こうの工場地帯の明かりであろうと察しられた。街道が地下の旧市街の大通りと交差する地点を通る瞬間、それと知らずその印の上をまたぎ越した六人は不思議に身震いした。
歩き疲れて休憩所を探した。つるべ井戸で手や顔や首を洗い、口をすすぎ、屋根の狭いあずまやの茣蓙に固まって眠った。
近くでせせらぎの音がしていた。いつの間にか眩しいほど澄んでいる星空に、星がサボっているかのような蛍が飛んでいた。
翌朝、小川の冷たさに奇声を発しつつ男女交代で水浴びをした。髪の毛を濡らしたまま屋台で買った団子を食べつつ歩いた。
《琉金街道》に変名した所で枝道があったから折れた。小さな山を一つ越えた所で枝道が終わった。そこは山間の住宅街であった。どん詰まりのあたりに大学があると看板に案内があった。
わりあい裕福そうな、目に楽しい家々のあいだを観光客よろしく歩き回った。二棟続きの大きいマンションがあったから入って行った。知明がポストルームに行き、ダストボックスから宅配弁当のチラシを見つけて戻って来た。
中庭の円柱形なジャングルジムに登って、ぐるりと腰かけ、頭を寄せ合ってどの弁当にするか選んだ。全員の第一希望と第二希望が決まると、知明と穂野はマンションを出て道路を渡り、バス停の傍にある公衆電話で注文した。
まず知明がかけて、A棟6××号室まるまるさん宅に第二希望を、次に穂野がかけて、B棟17××号室ばつばつさん宅に第一希望を注文した。
A棟のエントランスで水槽のランチュウとダルマメダカを見ながら待った。賀谷がどこかの玄関先からワンプッシュ式の傘を持って来て、柄をへし折り、押しボタンの部品――彼らは《カサカギ》と呼んでいる――を取り出すと、駐輪場に行き、《カサカギ》で以て開錠して自転車を三台引き出した。
瓢藤が「傘と自転車という一見まるで関係のない二つの物が――」
その時弁当のデリバリーサービスのバイクが到着した。
苦学生らしい青年がエンジンを止めて、後部のボックスから弁当の入った袋を取り出し、小走りにA棟のエレベーターへ乗り込んだ。それを見届けて八代井と穂野と向坂がバイクへ駆け寄り、ボックスから残った袋(B棟に配達されるべき弁当)を取り出して、少年たちのまたがる自転車の後ろにそれぞれ横座りに座ると自転車は滑り出した。
広大な公園があったので入った。喫茶店の屋上庭園の白いベンチに腰をおろし、季節の花が整然と咲いているのを眺めながら弁当を食べた。食べ終わると喫茶店に入り、有線のディキシーランドジャズを聞きながらコーヒーを飲んだ。
六人の長尾鶏の刺青を気に入ったマスターが、売れ残りのやや乾燥したシフォンケーキをサービスしてくれた。
太刀坑中学校の校歌にうたわれるドグマに従って、賞金が正夢と乖離して消滅した瓢藤はしずしずと帰り支度を始めた。同じく校歌に従って一緒には帰られない残りの五人は、それを黙って見つめていた。
そこへとつぜん向坂が一緒に帰ると言い出した。無謀だ、そんなことをすれば、例えば消えてしまうか、永遠に静止するかもしれないと言うと、馬車馬の首を覚えてるでしょ、ここはもう故郷ではないから、そうはならないと言い張った。でも故郷に帰るのだろうと言うと、帰るのだから大丈夫なのだと言って聞かなかった。
それにまた道々出会うかもしれない悪漢等の懸念を挙げて、瓢藤独りだったら滅茶苦茶されるかもしれないけれど自分がいれば色々と交換条件が使えると言い、小さな胸を張った。
それにまたもし瓢藤が帰り着けないと、みんなはこのままどこまで行かされるやらわかったものではないじゃんか。瓢藤が無事帰り着いた暁には、ようやくこの旅の妥当性に疑問を持つことだってできるようになるってもんでしょ……。
盗んだ自転車は三台とも、盗難に遭ったことを示すシールが一枚も貼られていないので、捕まったとしても初犯になるからして、そのまま乗って帰ることになった。二人乗りの瓢藤と向坂が遠ざかって行くのを残された四人は見送った。
漕いでいる瓢藤が愛嬌でやたらとふり返るから、そのたびに手を振った。後ろ向きに座っている向坂がそのたびに振り返して来た。
道はひたぶるに直線だった。四人は盛んに手を振りながら、じっと立ち尽くして見送っていた。
やがて瓢藤がふり返っているのかどうか、自転車が進んでいるのか止まっているのかもわからなくなった。時々、ふり返ったような気がすると、四人はあいまいに手を振って、それからゆっくりと手を下ろした。(――□□県□□市在住瓢藤浩也さん中学生――原付でパトカーから逃走中、中央分離帯に衝突――搬送先の病院で――)……同時刻(――☆☆府☆☆町在住向坂美樹さん中学生――家族で外食をした帰り道、山道のカーブで対向車線からセンターラインを大幅に超えて来たトラックと正面衝突――ガードレールを突き破って崖下へ転落し――)……
街道には戻らず住宅街を突っ切って、外観だけは某有名大学に酷似した辺境大学の先に伸びているがたがたした林道を漕いで行った。賀谷の後ろに八代井が座り、知明の後ろに穂野が座っていた。
道がふたたびなめらかになって、次の住宅街へ入った時のこと、四人は林の中の薄暗さから空の明けそめる朝ぼらけへ出た。もうじき日暮れだとばかり思っていた四人は狐につままれたような気持ちになり、軽い貧血のようになって休憩した。
「言わなかったんだけど」と賀谷が言った。「昨日の夜よ、街道を歩いてた時、なんかやわらかいものにつまずいたんだ……」
「――なんだったんだ?」
と知明が聞くと、賀谷は顔をしかめて、
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