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猿の天麩羅 2

猿の天麩羅(第2話)

尼子猩庵

 不条理な大幸運に飄々と忍従する中学生少年少女たちのロードムービー。

 異世界にして過去世。未来にして神話時代。下劣にして荘厳。地獄にしてユートピア。

 図書館にはなく、本棚にはある。人生で二度捨てる。

※第13回ハヤカワSFコンテスト二次選考落選。

タグ: #SF #シュルレアリスム #ナンセンス #ファンタジー #旅

小説

12,754文字

 

 

 

森の中のグラウンドに最初に着いた知明と穂野は、のんびりと仲間を待った。グラウンドにはテントが点在していた。老若男女おしなべて異様に美貌な賠償宇宙人(別号贖罪未来人乃至堕先祖)たちのキャンプであった。

知明の聞いた話では、なにか受動的な団体の逆説的な運動によって許された治外法権的な移民キャンプだった。穂野の聞いた話では、未申告にしておくよう裁判所から命令が下りている自由キャンプだった。

向こうの一隅にはテントにあぶれた移民たちが固まって座っていた。知明の聞いた話では、なにか受動的な団体は近年内輪揉めがひどくて逆説的な運動をしていないそうな。穂野の聞いた話では、一隅の人たちだけが時おりトレーラーハウスを賜るのであえてテントを明け渡しているのだそうな。

知明がじっと目を凝らして見ていると、どうも家に住み着いていた年増がいるようだったけれどもけっきょく定かではなかった。

やがて小橋と賀谷、八代井と向坂が合流し、最後に一人だけ校区内ギリギリの集合住宅から通っている瓢藤が転がるように駆けて来た。

賀谷が瓶の詰まったビニール袋を両手に提げていた。途中のリカーショップで、なにがあったのか知らないけれども主人が品物を次々と投げ捨てていたから、割れなかった物を拾って来たのだそうだった。

分けて持とうと瓢藤が提案すると、賀谷はかぶりをふって、

「さっき気づいたんだけど、ここを見ろ。これ全部配給なんだよ」

だからグラウンドの移民たちに配ると言った。女子一同(穂野と八代井と向坂)が熱心に賛同した。それで賀谷はそうした。

そのままグラウンドを突っ切った。謎の田畑を崖下に見下ろしつつ、頭上に架けられた苔まみれな煉瓦造りの空中水路の下をくぐって広大な森へ入った。ちゃんと整備された道があった。これをずっとたどって行けば西の山々まで続いているが、途中でよさそうな枝道があったら曲がろう、それから先はそのつど選択して行こう……。

七人は西に向かって歩いて行った。

 

ツボネの背に乗って海をわたり、白谷啓弥は小さな島に上陸した。

川をさかのぼって森の奥へ進んで行くと、木々がひらけてほとんど崩れた古城が現れた。

ここで終生ともに暮らして欲しいとツボネは言う。白谷啓弥は古城を懐かしそうに見回した。二人が幼児だったころ、ツボネの実母の背に乗ってひんぱんに通った古城だった。

現在ツボネは妊娠していたけれど、海淵の産婆の見立てによれば生まれるのは八年から十年ばかり先だった。父親の心当たりはなかった。半年ほど前に外来樹の花粉が列島を覆い尽くし、そのためあちこちで人魚の処女懐胎が起きたと判明するのはずっと未来のことだった。

白谷啓弥は承諾した。ツボネがいれば金がなくともなんとかなる。食糧、飲み水、暖を取ること、病毒を抜き取ること、云々云々。どうしても金が要ったら、観光客に古城を案内して稼ごう……。二人は手をつなぎ、代々の城主の肖像画がずらりとかかっている廊下を歩いた。

「ここには人の埋められた柱が六十六本ある――」

と白谷啓弥がつぶやいた。昔ツボネの実母から聞いたことだった。

それから二人で、つるはしを振るい、めぼしい柱を壊してみると、果たせるかな崩れた奥に人が入っていた。慎重に取り壊して引っぱり出すと、髯面の男性で、まだほんのり温かく、死んだばかりにしか見えなかった。

「これ、鬼かなにかじゃないの?」

という意味のことを、ツボネは、白谷啓弥には懐かしい、二人だけの言語で言った。二人は鬼かどうかを疑って、それから三日間様子を見たけれど、男性はだんだん冷たくなって遂に腐り始めた。

男性を土に埋めると、人柱の中にはまだ生きているのがいるかもしれないと話し合い、めぼしい柱を壊して行った。そうしてある時、肝心な柱を壊してしまい、古城は崩れて、二人とも埋もれた。(――××県××市の××波止場で車が引き上げられ――二人の遺体が――××市在住白谷啓弥さん大学生――▽▽県▽▽市在住井星つぼねさん無職――井星さんは妊娠六か月と――)……

 

森の屋台でひじょうに高価な葉巻を一本買い、回しみにふかし始めると、しだいにみんなウキウキと心が弾み、頭もたいそうスッキリした。木漏れ日の射す道を歩いて行った。

ふと通り過ぎたまっ黒な沼に、なにか白い哺乳類らしいものが泳いでいたのが沈んで行った、と瓢藤が言ったのでみんな引き返して畔にしゃがみ込み、ふたたび浮き上がって来るのを待った。

しばらくすると、ふやけて腐った白いカバのような動物が浮かび上がって来て、そこに人がまだいることに気がつくと息継ぎしないままあわてて沈んで行った。一同はありったけの石を投げ込んで逃げた。

森の道はたいへん静かだった。ちらほら屋台や公衆便所や錆びたコンサートホール、朽ち果てた映画館等々あったけれど、歩いている人はいなかった。

映画館に入ってみると、どこかの国の古い政治映画がかかっていた。字幕が現代語だったために一同には読まれなかったので、すぐに出た。

またひじょうに高価な葉巻を売っている屋台があったので、今度はどっさり買い込んだ。澄んだせせらぎに足を浸けながら、七人は並んで座ってぷかぷかとふかした。

ふかすうちに頭の中がつるつるに剥かれ、一切のわだかまりがなくなって行った。

そこは小さな遊園地のような所で、なにもかも錆びて無人だったけれども営業していたから、色々とアトラクションに乗りたかったが、七人とも自分が今なにをしているのか、一時間ほど経ってから思い出すというありさまだったので、入ろうかと思った時には遊園地はずっと後方に離れ去り、アトラクションに乗って大いに遊んだ記憶をただ思い出すのだった。

トイレやレストランもそんなふうで、あるなと思うころには通り過ぎていたけれども、ちゃんと便所で用足しをして、手を洗ったこと、移民(賠償宇宙人)のウェイトレスに注文して温かい料理を食べたことを思い出すのだった。

終始優しそうにほほ笑んでいた小橋が、ふいに真顔になって言った。

「我が国最大の理論物理学者――現在が過去からつながっていないことを証明した黒丸博士の理論がわかった。しかも平語で説明できる。この説明を聞きゃ、どんな阿呆でも世界の潜在意識を易々と悟得するこったろうぜ」

この言葉を小橋が言い終わる前に知明と賀谷と瓢藤があわてて小橋に飛びかかり、彼の口をふさごうとしたらしかったが、一時間前、小橋は言い終えた瞬間に消えていた。(――△△県△△郡在住小橋凛太郎さん中学生――友だちと川遊びの――十五キロ下流で遺体となって――)……

少女たちは抱き合って、お互いの涙と鼻水に顔を汚しながらうめき、少年たちは這いつくばって、額を地面にこすりつけながらうなっていた。道は誰も通らず、日も暮れなかった。みんな泣きながら、時々瓢藤が千切って配るひじょうに高価な葉巻をくゆらし続けた。

 

© 2025 尼子猩庵 ( 2025年7月3日公開

作品集『猿の天麩羅』第2話 (全13話)

猿の天麩羅

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