とある少女の顛末

Tofu on fire

小説

2,037文字

習作2。ブサイクだけどよく通る声の少女の受難。

それが可哀想かどうかは読者の判断に委ねるが、ともかく緑川つぐみは厄介な少女だった。ひばりの様な声が蟇のような口から出てくるのである。それに飽き足らず、彼女は喋り好きであった。のべつくまなしに四六時中人に喋りかけてまわるのである。弱冠十一歳の小学五年生の頃には、つぐみは「喋り好きのブス」として同級生の間で認知を固定し、しかもその喋る内容というものが……彼女個人の些細な悩み事、相手にとって凡そどうでもいいようなものであったが故に、彼女の話をまっとうにきくものなどおらず、いても耳の右から左へ……という具合で聞くだけであった。
つぐみの中には一点の焦燥だけがあった。それは周囲から貼られたレッテルのためではなく、あくまで個人的な焦燥だった。如何様に形容してよいものかわからない、彼女の実存そのものに関わる、「他人に無視されてはいけない」という変わった焦燥である。その焦燥がつぐみにものを喋らせる。しかしその焦燥の衝動は逆効果に働いたのであった。
つぐみは時折、自らの蟇のような容姿を顧みた。そのたびに彼女はため息をついた。別段容姿の良し悪しのみが彼女を苦しめていた訳ではないことは付言しておこう。親はこの容姿でも自らを産んでいるのだから、わたしだってやりようによれば……と、つぐみは自らの容姿に関してはある種楽観的であった。
つぐみが鏡を見てため息をつくのには他に理由があった。それは、「わたしの様な存在が他にいない」ことである。つぐみは鏡の前では口を噤む。己に話しかけて何が楽しかろう?彼女は自らと違うことを言う存在を探し求めて人にのべつくまなしに話しかけているのである。つぐみは孤独であった。
建売の一軒家からつぐみは毎日学校へ登校する。いつも他人の登校を狙い澄まして誘うのだが、もはや小学校も五年目になろう彼女の厄介さを疎んじるものは少なくなく、下級生にも噂は巡り、したがってつぐみは孤独に通学路を歩いた。
その通学路に、菓子の袋を持った中年の女が立っていた。――ふつう、学校で教わる不審者というものは、男であったり黒尽くめであったりするだろう。つぐみも例外なくその風貌を信じ、この女をなんとも思わず通過するところであった。俄に女が袋を持った手をつぐみに押し付けた。菓子の袋は爆散し、中には刺激性の物質でも入っていたのか、服が焼け焦げ、顔に何等かの飛沫が飛んだのち、焼けるような痛みがつぐみの蟇のような顔を襲った。
無論、すぐに家に引きかえしたのち、つぐみは両親と病院へ行った。学校に今日は休みをもらう旨を電話した。「つぐみちゃん、お母さんは警察に届けに行くから、ついて行ってくれる?:と母が言うので、大人しく頷いた彼女は警察に行った。
警察署でつぐみが居合わせたのが、学校の同級生である。同級生の中でも話をよく聞いてくれる少女たちだ。それがこちらを向いて、あ、と一言発した。
「ずるやすみ」
無論、ずるやすみであるはずがない。つぐみの顔にはしっかりと傷の治療あとがついている。しかし学校の同級生たちは追撃を重ねるように、「傷のあと偽装するとかやりすぎでしょ」「いや、嘘もそこまで来るとかやばいわ」と眉を顰めて口を交わす。こんなところで話しかけないつぐみではなかった。
「なんで、そんなこと言うん?」
「いや、そりゃあんたみたいな人だったら言うでしょ」
それきり話を聞く気にもならなかったのか、落とし物を届けただけの彼女たちはどこかへすうっと行ってしまい、あとには泣きそうな蟇が残った。
家に帰り、つぐみはひとしきり泣いた。いきなりの拒絶であるように彼女には感じられていたのである。しかし、彼女の話を聞くものはみなつぐみ自身に嫌気が差していたのであった。つぐみは、話を聞いてくれるものはもはや己だけであるということを、遅ればせながら自覚したのである。それはあるいは、自らの焦燥を処理する自分がいかに嫌われているか、ということの自覚であり、あるものはそれを「大人になる」と形容するかもしれない。
つぐみは涙を拭き、あ、と声を出した。それから、鏡に向かって自らをみた。蟇のような顔が、よけいに歪んで見えた。それ以来、つぐみは声を抑えるようになった。そして、人並みに周囲の目線を気にして、縮こまって生きることを決断したのである。あまりにも遅い決断であった。さいわい、親が私立中学を受験させてくれたため、かつてのつぐみを知るものはいない。しかし、つぐみはある瞬間から決定的ななにかを失ったのである。それがいいことであろうと、悪いことであろうと、喪われたものは喪われたものなのである。いまの中学に、つぐみが「ひばりのような声」であることを知るものはいない。
人に嫌われているということを自覚するのは難しい。あるいは自覚などしなければ無邪気な迷惑ものでいられるであろう。この短編は、成長するものにとってはあまりにも当たり前なプロセスである。よって、緑川つぐみが可哀想かどうかは、読者の判断に委ねられることである。

2025年2月24日公開

© 2025 Tofu on fire

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