XVII
少女は大叔父のことを“おじいちゃん”と呼んだ。本当の祖父は、父方も母方も彼女がまだ幼い頃に亡くなっていた。微かな記憶はあるけれど、その顔もその声も覚えていない。だから彼女にとって大叔父は、祖父に等しい存在だった。
少女の母はその無愛想な叔父を慕っていたし、信頼もしていた。また、彼のつかみ所のなさに興味も持っていた。一緒に遊んでくれるわけでもないのに、彼女の幼い娘もなぜだか“おじいちゃん”に懐いていた。だから、ときおりわざと小さな娘を預けてみた。
幼い少女にとって“おじいちゃん”の家は、古ぼけたビルの一番上の階にある不思議な場所だった。小さな本屋さんよりもたくさんの本とデパートの玩具売り場よりたくさんの人形があった。そして“おじいちゃん”がひとり。ふたりだけになっても気詰まりすることはなかった。むしろ、何かから解放される気分さえ感じていた。壁がすべて書棚になった書斎で分厚い外国語の本を開く大叔父の傍に少女は座り、持ち込んだ数冊の絵本を、少し大きくなってからは文字ばかりの本を読んでいた。ある時、少女が意味のわからない言葉に遭遇し、大叔父に質問すると、彼は答えず、書棚の片隅からくたびれた子供向けの辞書を取り出して少女に与えた。最低限の調べ方だけ教えると自分の読書に戻った。ふたりの間にほとんど会話がなく終わる時も珍しくなかった。
別の部屋には人形達が並べられていた。ほとんどが玩具屋で売っているような着せ替え人形だった。少女はその部屋が好きだった。いろいろな衣装を着ている人形達が好きだった。少女がひとりで人形を眺めていると、たまに“おじいちゃん”がやってきて、ぼそぼそと人形のお話しをする。人形のはじまりやその役目から、最近の新しい玩具人形にまつわる豆知識まで。少女には難しくてよくわからないところもあったけれど、大叔父が長々と話す姿がとても興味をひいた。話の途中でときどき見せる仄かな笑顔が好きだった。
ある時少女は、人形の部屋で気になる人形達を見つけた。その人形達が着ている衣装に目が留まった。
ああ、そこの棚の人形が着ている服は、全部君のお母さんが作ったものだよ。
ママが?
大叔父が人形達をテーブルに並べる。色紙やお菓子の包み紙で作った、幼稚園児の工作みたいなものもある。全部で40以上あった。
このあたりが最近のかな。
最近?
よく見ると、その人形達が着ている服は、母が少女のために作った服と同じデザインだった。だから、見覚えがあったのだ。少女の母は、娘の洋服を作るたび、その残り布で人形の服を作っては、叔父に送っていた。
少女はとても不思議な気持ちがした。自分と同じ服を着た人形が、自分の分身のような気がした。人形達も少女と出会って、どこか照れくさそうだった。
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