XIV
叔父が私の誕生日に着せ替え人形をプレゼントしてくれた。
たしかまだ小学校に上がる前のことだったと記憶している。
叔父は私の家、つまり兄である父の家にしばしば立ち寄った。特に用があるふうにも見えなかったが、父や母としばらく話をして夕食を一緒に食べて帰って行く。口数は多くなく、今思えば、父や母のくだらない話題に対してもひとつひとつ考えて、最小限の返答をしていたのではないかと思う。そういう人だとわかるのは、私がもう少し大きくなってからだったけれど。
小さい頃の私は、叔父を少し畏れていた。子供の私に対してはほとんど話しかけなかった。食卓を両親と囲んでいる時さえ、彼の目に私は映っていなかったようだ。私の存在を無視しているかのようだった。
無視なんてしてなかったよ――後々、叔父にそんな話をしたら、薄く笑いながらそういった。君がどんな子供なのか、こっそり観察していただけさ……本当だろうか。少なくとも私は彼と大きな隔たりを感じていた。だからといって、嫌っていたわけではない。私は父や母と話す叔父を見ているのが厭じゃなかった。
平たくいえば、とても無愛想な叔父だった。
だから、彼が私の誕生日に人形を贈ってくれたことが、あまりにも意外で、だから、そのときのことはとても印象に残っている。突然不思議なことが起こったみたいに、私はひどく戸惑った。いつもの無愛想な表情で差し出されたプレゼントを素直にありがとうと受け取っていいものなのかどうなのか、迷っていた。そんな私を見て、父や母が笑っていたことを覚えている。
人形を贈ってくれたのは、その時だけではない。叔父は私の関心を量りながら、その後も数体の人形を贈ってくれた。決まって着せ替え人形だった。人形の衣装も買ってもらった。私が洋服に関心を持ったのは叔父からもらった着せ替え人形のせいだ。人形に自分の考えた服を着せたいと思うようになって、最初は色紙やきれいな柄の包装紙で、服らしく見えるように工作していた。針と糸で布を縫うことを覚え、四苦八苦して服らしい形を作ってみた。叔父か家を訪ねてくるたび、私は新しく作った服を見せていた。その頃作った小さなずた袋のような服は今でも大切に保管されている。そんな私の奮闘を知ってか、叔父があるとき人形の服の作り方の本を買ってきてくれた。洋服には型紙なるものがあることを、私はその本で初めて知った。小学生の私には少し難しいところもあったけれど、母に聞きながら、本に載った服を作ってみた。それまでの自己流衣装なんかより、はるかにちゃんとした服ができて、私はとっても感動した。最初の一着ができた時、すぐに叔父に見せなきゃと思って電話したことを覚えている。その日の夕食の時間、叔父が訪ねてくると、自作の衣装を纏った人形を誇らしげに見せた。
私が叔父の笑顔を見たのは、たぶん、そのときが初めてだった。
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