黒いワンピース

REFLECTION(第2話)

加藤那奈

小説

20,056文字

少女と母と猫、そして祖父と人形。
(2023年)

XI

 

本当に頭がおかしくなったと思った。

研究者なんて、理系だろうと文系だろうと、ちょっとばかりおかしい者が多い。普通の人が興味を持たないようなものに興味を持ち、世の中のどんな役に立つのかなど知ったことではなく、ただ、知的探究心というあたかも高尚な武器を振りかざして、結局は自己の満足のためひたすら未だ知らないことを知ろうとする。そんな勝手は、お互いを支え合いながら社会を組織して生きてゆくヒトにとっては特異な行動だ。過去の多くの哲学者や科学者が異端視されてきたことからもわかるだろう。その一部には、後世に影響を与え、人間社会や文化の発展に貢献する結果になった例もある。だが、多くはただの異端、役立たずで何を考えているのかわからない変わり者でしかなかったはずだ。そして、自分もそんな輩のひとりなのだ……どう考えても、僕の研究が世界の役に立つとは考えにくい。少なくとも直接的な影響はほとんどない。だからこそ気楽でもあった。

若い時には僕にもそれなりの野心があった。自分を知らないうちは身の丈に合わない夢を見る。自分は誰よりも優れていると信じている。たいていどこかで限界を知り、社会の中で自分自身のポジションを確保する。それでいいし、それがたぶん幸せなのだろう。だが、僕はといえば、限界は感じたものの、それは自分自身の才能ではなく社会の仕組みに責任転嫁、だ。社会で認められるには、知性ばかりではなく、他者との関係性を築く力も必要だ。最低限の社会性を心得れば、ちょっとした変わり者程度でみんなは暖かく迎え入れてくれる。どんな料理でも香辛料や隠し味は大切だからね。適度にうまくやってゆく同類を見て、僕は気持ち悪くなった。だから、外れた道をさらに外れる。社会や制度が僕を受け入れるだけのレヴェルにないんだ、などと言い訳しながらね。今になればバカバカしい。若気の至り、極まれり。

そして、僕は彼女たちに出会う。

様々な美術工芸品を研究対象とする輩は掃いて捨てるほどいる。まさにピンキリだ。僕もそんな輩のひとりだった。桐ではないにせよ、菖蒲か藤か、まあそのへんに固まりそうだった。中の上。悪くはないけれど、自分を過大評価する僕は、そんな二流じゃ満足出来るわけない。彼女たちは、僕が見つけた脇道だった。先に走る者もなく、後に続く者もいない。この上もない快感だった。

あなたは何者?

それは聞こえる、というより思考に絡みつく声――それを声というなら――だった。考えごとをしているとノイズが混じる。思考と整合しない言葉がふと浮かんで消えてゆく。気がかりな言葉なのに、意識すると忘れてしまい、もやもやとした気分になる。ちょうど目覚めた瞬間、夢を忘れてしまうもどかしさに似ていた。とても気持ちが悪かった。いつからか、頻繁にその“声”を感じるようになった。頭がおかしくなったと判断するのが合理的だ。そうは思わないかい。

2025年1月8日公開

作品集『REFLECTION』最新話 (全2話)

© 2025 加藤那奈

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