私の四十五歳の誕生日に次女の香澄と二人きりで寿司を食べに行った。寿司屋は銀座にある、ネタの新鮮さと大将の腕は確かなところで、貸切にしてもらった。
とおされたカウンター席にすわった。
「こういうのは、おまえの誕生日にすべきことなのだろうけど……。すまんな、東京で時間をつくれるのは、きょうしかなくて」
「いいよ」
となりにすわる香澄は大将のほうを見て目を合わせてくれない。妻の香織によると、幼いころからだれに対してもそうであるらしいので、私の短所をうけついだのだろう。だとすれば、いずれ克服する。いまが十六歳だから、まあ、五年以内だな。なにも心配いらない。
ひらめが出た。
香澄は「……おいしい」とつぶやいた。「おいしいなあ」と私もいう。大将が会釈する。
タイが出た。
トロが出た。
コハダが出た。
そのたび、私たちはそれらを手でいって、「おいしい」「おいしいなあ」という。だが、ほんとうは、ちっとも味がしなかった。
「香澄、おれもなあ、学校がきらいだったよ」
ふりしぼって、ようやっとそう言った。
「そう」
「そうだ」
湯呑を持つ手がふるえた。何十人のまえでしゃべるよりも、はるかに怖くて勇気がいる。
「だからおまえも、べつに、むりして行くことはないぞ」
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