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レプリカと時間

ポーランド・ドイツ紀行(第6話)

一希 零

今年出した某賞落選作です。最近はサッカーのことしか考えていないので、書くすべての小説がサッカー関連になる、という現象がおきて困ってます。

小説

5,586文字

状況が変化したのは、後半三十分を過ぎた時だった。スコアは一対二。コーナーキックから大貫のヘディングシュートで先制したものの、次第に主導権をアルビレックス新潟に握られ、得意のパスワークに翻弄されると、後半三分に同点、五分後にさらに一点決められ勝ち越しを許した。攻めたい徳島ヴォルティスだが、新潟にボールを持たれ、もどかしい時間が続いた。なんとか一点取るために指揮官が切ったカードは、フォワードの交代ではなく、ボランチの塚地だった。

今シーズン、新加入の若手選手にスタメンの座を奪われた塚地にとって、五試合ぶりの出場だった。彼はドリブルが上手いわけでも、足が速いわけでも、強靭なフィジカルを有するわけでもない。運動量は比較的多いが、スプリントを繰り返すというよりは、全体的に幅広く動き続け、常に適切なポジショニングをとる選手だ。彼は派手な選手ではなかった。「止めて、蹴る」能力の高さ。彼の特長はこれに尽きる。

相手にボールを握られ、奪っても素早いプレスにやられ、すぐに奪われてしまう。再び長い時間振り回される。その繰り返しだった。塚地が入ったことで、この現象が修正される。ボールを奪った後、塚地が最適なポジションをとり、パスを受ける。トラップし、斜めの位置にいる味方選手へ簡単に繋ぐ。パスをした後、今度はボールを受けた選手にとっての斜めの位置に現れ、再びパスを受ける。ツータッチ目でパスを出す。受ける。出す。ボールを保持する時間が増え、リズムが生まれる。

塚地から右サイドの室井へボールが渡る。室井はドリブルを縦に仕掛けるが、抜き切るまではいかない。中央で構えていたフォワードの大貫へパスをする。大貫はワンタッチでボールを落とし、再び室井が受け、今度はゴールへ向かって中へ切れ込むドリブルをする。室井の背後を、彼に取り憑く幽霊のように塚地が追走する。相手ディフェンダーの前で室井が左へ進行方向を変えた瞬間、塚地が斜め右へと走り、裏へ抜ける。反射的に室井は塚地へパスを送る。塚地がボールを止める。そして、蹴る。ゴール左隅へ、正確なシュートがネットを柔らかく揺らした。

塚地はコーナーフラッグ目掛けて駆け出し、両膝を芝生につけてスライディングした。チームメイトたちが彼に駆け寄ってきた。それから塚地は、僕らサポーターの方へ向き、右手を天に突き上げ、ぐるぐると、渦を描くように腕を回した。サポーターは力強く拍手し、フラッグを振った。タムドラムの打音がスタンドの底を震わした。

一連の光景を、僕は目に焼き付けていた。僕は自分の着ているブルーのレプリカシャツの、鳩尾の辺りにプリントされた「8」をぐっと掴んだ。鼓動が強く鳴っていた。この感動は僕が生み出したものではない。他人が生み出した興奮の複製に過ぎない。それでも、確かに僕を強く突き動かした。数カ月前、彼と偶然出会った日のことを思い出した。

 

 

僕はプロのサッカー選手になりたかった。そう願い、努力したつもりだった。今、僕はプロのサッカー選手ではない。長らくボールすら蹴っていない。

小学生の時、僕は誰よりもサッカーが上手かった。一度ドリブルを開始すれば、一人二人抜いて、さらにゴールキーパーすらドリブルで躱してゴールを決めた。徳島市内で僕のドリブルを止められる同年代はいなかった。いつしか「阿波のロナウジーニョ」と呼ばれ、ちょっとした有名選手となった。ロナウジーニョはサンバをこよなく愛し、ゴールを決めた後に踊り出す様子をテレビで見てからは、僕もゴールを決めた後に阿波踊りをゴールパフォーマンスとしてやるようになった。

中学に進学してもサッカー部に入った。中学一年生と三年生では、身体の大きさがまったく違う。小学生の同年代で無双した僕の技術は、上級生の無慈悲なタックルによって砕け散った。努力が必要だ、と痛感した。今は辛くとも、一生懸命練習すれば、いずれプロのサッカー選手になって報われる。日本代表、ワールドカップ、バロンドール。阿波のロナウジーニョから日本のロナウジーニョへ、否、僕は僕として名を、存在を世界に知らしめる。朝早く起き一人グラウンドでボールを蹴った。授業時間をすべて睡眠に充て、回復した身体で放課後の部活動に取り組んだ。居残り練習もした。夜遅くに帰宅し、シャワーを浴びて、冷えた夕飯を電子レンジで温め食べて、眠った。朝早く起きた。幾度となく繰り返した。

© 2022 一希 零 ( 2022年10月9日公開

作品集『ポーランド・ドイツ紀行』第6話 (全7話)

ポーランド・ドイツ紀行

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