刺さる最初の矢は独房から放たれたのだ。陽射しのなかで羽を休める蝶を見たあとでだ。そして脇で眠る恋人を見、ベッドから出て廊下を歩き、玄関先に置いてある右足の靴と、ビニール袋の中のもう片方の足の靴を確認し、胸を撫で下ろしたあとでだ。靴は袋の中身と合わせて一足だったのだ。それを確認したあとでだ。春過ぎのその暖かな陽光はカーテンレールから暗い部屋の中わずかに漏れ、天井の一部分に、ほんの少しの一部分に照り、そこで私はもう一度木葉蝶を見た。そして、暗がりに、矢が描く線とゆくえを見た。つまり、すべては蝶を見たあとでなのだ。
私にはそう見えた。あなたには、夕日を射たあの矢や、これらすべてのことは見ることができなかった。この物語はすでに終わりしか見えないだろう。それは誰かの(本当に、本当の誰かの)手で目隠しされているからなのだ。それはでも、私も同様だったのかもしれない。これはあなたにとっての物語とも言えないし、私の物語ともいえない、癒えないと思う。ましてや、この物語には何人かの人物は登場するだろうが(恋人はすでに登場しているね)、彼らの物語であるかどうかも、怪しいものがある。
恋
人
ベッド
眠る
ベゴーは言った。
「まだ撃っている、まだ射っている! どんどんどんどん矢を放っている! 矢が夕日に刺さっていく!」
そう叫びながら走り回った。そして立ち止まってこう叫んだ。
「殺されそうだ!」
ベゴーは気も狂わんばかりに目を大きく見開き、口からは泡を吹きだしていた。みるみる開けた口は大きく広がっていった。
私は叫んだ。
「ベゴー!」
夕日
矢
昏睡
蜘蛛の日 街で
私とたった二人っきりになった
ベゴーが見つめてきた
抗うと逃げ出しそうだったので
その目を遮った
気温はどんどんどんどん上がっていった
蛇口からも灼けた夕焼けが出てきた
ますます私たち二人っきりであった
手で覆った
ベゴーの長い睫毛がくすぐったかった
遠くでついに夕日が殺された
花模様のスカートを
着た女性が遠くに見えた
先に見つけたのはベゴーだった
それは私の母だった
私とベゴーは目を遮られた
抗うと母は消えた
母は死んだ夕日を抱えて去って行った
だからこれからの蜘蛛の日は夕日が来ない
長い花模様のスカートを見つめていた私の
手からベゴーが消えた
「蜘蛛の抱卵」
消えたベゴーはそれだけ残して行った
蝶
指
捕える
ベゴーは言った。蜘蛛の夕日、と。私はベゴーの手を握り、彼もまた私の手を強く握り返し、二人で歩き出した。手はそこらじゅうにある。手で迷わないで、お願い。矢が放たれて夕日が殺された。私には見えた。私とあなたは暗がりで目隠しをされている。独房から、矢は放たれた。蝶を窓から逃がすと、恋人がそろそろ起きてくる。
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