祖母は、体から煙と言葉を吐きだし、若がえりつつある。
火葬場から煙は途絶えていた。祖母は、さきほど引き出されたばかりの台車を見ている。熱をふくんだ台には祖父の骨がならんでいる。祖母は砂糖菓子に似た祖父の骨をただ見ているだけだった。わたしは慣れない骨あげにとまどって、うまく拾いあげられない。骨箸でつかむと、ぼろぼろ、と形がくずれていく。それを見た祖父の義弟の佐伯氏は「シゲさん、よう酒飲んだけえ骨もろいわ」とつぶやいた。アルコールで骨はもろくなるのか…という感想を持った。体をめぐるアルコールの流れは根源的な命よりも、今生に残すための骨をあらい流していく。祖母は、箸でのど仏をひろって骨壷へ入れ、かし、と音が鳴って穴におさまるのを聞きとり、ちから強く蓋を閉めた。祖母の腕や顔は、煙草の煙が染みいっているみたいに茶色で、皺のすみずみは灰色だ。蓋を閉める動作でちからを込めたときに、その皺や茶色がいっそう深く染みる。祖母はいままで何本の煙草を体に染みこませてきたのだろう。彼女はいつも煙草をすっていたし、青色のハイライトを東京のコンビニで見るたびに、祖母をおもいだす。そのせいでわたしのすう煙草はいつもハイライトで、このままうまくいけば、わたしの顔や腕は祖母のものと似たものになるかもしれない。骨箸を台において、わたしは手を、ぐ、とやって想像した。
葬式後、祖母は煙草をやめた。それまでいつも煙をまといつけていた彼女の姿は、雲のなかにいる大仏かそれに似たなにかだったのだが、その雲が晴れたとたん、わたしはより詳細に彼女の顔を見ることができるようになった。口もとや目じりの皺の谷には灰色が染みいって、皺の山には皮膚の下の血の、温かみのある色が浮いている。それをもんぺ柄がつつんでいる。「なんね」。祖母は見入るわたしに云った。「なんね」。「たばこ・・・」。「吸う気おきんわ。煙なんて吸わんほうがええちや」。「そうやね」。「あんたもやめや。煙は悪いよ」。そうかもしれない。アルコールは今生に残すものを流しさってしまうけど、煙は世界に染みいらせる。祖母はそれを嫌ったのだ。だから彼女は煙を吐きだし、そして言葉を吐き、若がえる。
わたしは祖母の家の二階に割当てられた部屋を寝室としてつかう。母が生活しているのは、その家と倉庫を挟んでむかいにある煉瓦張りの家だ。母とは食事を除いて、できるだけ会わないようにしていた。なにもできない自分の後ろめたさから逃げたいおもいがあった。母は動いている。もがきに等しい運動に触れるのが嫌だった。
夜になると、祖母の若がえりがはじまる。それが起こったのは葬式が終わり、祖母が煙草をやめたことに気づいた日の深夜だった。山から降りてくる樹木の匂いと、地面からのぼる匂いが夏の夜の大気にふくまれだし、鼻についてくる時間だ。一階の祖母の寝室から二階のわたしの部屋、床板を通して、うめき声が聞こえてくる。うめき声は、うわごとに転じる。わたしは床板へ染みあがってくるうわごとを、暗室にいる写真技師のていで見まもる。うわごとはめいかくな形をもって板に染みいっていく。彼女の体に込められた言葉がわたしのいる二階まで立ちのぼってきているのだ。
"プンクトゥム!(2)"へのコメント 0件