石垣くんは黙ってさえいれば美男子だと思う。背は高く、顔の作りも整っている。彼の薄い茶色の虹彩は日光の下だと金色に見える。本人は目の色を気にしていて、外ではサングラスをかけることが多い。せっかくのきれいな瞳がもったいないと僕は言ったのだけど、いっこうに聞く耳を持ってはくれない。
最初に知り合った場所は桜坂のゲイバー、彼はカウンターの端の席で壁に体を向けるように座っていた。ママのアユミさんとは知り合いらしく親しげに喋っていたが、糊のきいたワイシャツにチョッキを重ねた背中は他の客に対して「放っておいてほしい」というオーラを発していた。
だからこそ僕は話しかけてみる気になったのだと思う。僕が探していたのは互いに分かりあえる話し相手だったけれど、単にセックスの相手を求めてゲイバーに来る客も大勢いる。すぐに深い関係になろうとする相手と話が噛みあわず、気まずい思いをしたこともある。不愛想に一人で飲んでいる石垣くんならそんな心配はないだろうと当たりをつけて、僕は彼の隣に座ったのである。
連絡先を交換してからは互いの仕事が休みの土日に会うようになった。石垣くんは出身校である県内の私立大学にそのまま採用されて就職支援課で働いている。彼が窓口に立つようになって以来、相談に来る女子学生の数が急増したらしい。そんなことを一緒に夕食の支度をしながら得意顔で話すときの石垣くんは、かなり小憎らしい。大学以外の社会を知らない彼が社会人になろうとしている後輩に一丁前に助言する姿も、想像すると滑稽ですらある。
大学が夏休みに入ると、石垣くんはまとまった有休を取って旅に出ると宣言した。目的地はインド。ラジニーシ和尚の遺志を継いだ瞑想リゾートでの五日間のセミナーに参加したいとのこと。休暇を合わせるのは難しそうだと僕が言うと、彼は平然とこう答えた。
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