一種の解消しない困難
腥田をにゆり
結婚は決して結合ではなく他人を側に置くという、余りに切実な齟齬である。全ての笑顔は、特に新宿御苑で視た聖父聖母聖子というのは其其、他人の三すくみだとか家に帰って明るい食卓に就いたら、まるで最後の晩餐のように疑心暗鬼になって各各自分の好き嫌いで、卵一つにも焼き加減を規定して、食卓から離れたら次に睡眠時間とか床に落ちた塵や髪の毛の数ですら不自由になってきた。度度、家庭内のルールというのは統合を取るための強いて枷か、独裁主義を帯びた真っ当な生き方であるかのように感じた。誰しも強要されるか或いは強要したくなかったが、しかしながら家庭というイコンが統合しなければ、人間はみなその有ってはならないヒビが気になり、こうして弱さから来た支配慾——実態よりも他人に対する不能が永遠に解消しない一種の困難になり得る。
細君とはコロナ禍以来の長い付き合いで、アラートの音によって断絶した時期に二人は入谷のシェアハウスと大井町の陋室のあいだを往復した。当時、細君は実家とは複雑な関係があり私からして彼女の野生児じみた性質が美しかった。恐らく女性への情慾とも違い、彼女の生き様とは天と地でありつつも惚れている。何処か自分が持ち合わせていない社会の深部に生きた人間らしさが有った。そんな時でもまだカップルらしく、何に対しても細かく考えないようにして、シェアハウスの階段はどう長くて激しくても苦じゃなかった。時折りシェアハウスの数十年もメンテナンスされないドアを開けて、猫(シェアハウスは猫OKだった)が直ぐにも階段まで出てしまい、私達は猫を部屋に戻すのに自由な愉快さを覚えた。あのシェアハウスは安くて、虫が多くて、シャワー室は共用部だった。然し徒歩で鶯谷の凌雲橋を渡ればラブホテルの群れが軈て消え去り一瞬にして広く、緑色の上野に包まれる。
国立西洋美術館は当時入らなかった。何故だか忘れたが、コロナ禍によって長く閉館した建物が多かったので、然程気にしてなかった。ロダンの死後鋳造が視える噴水のあいだ、私たちはベンチに座り、そんな時にもイコンが出廻っていた。噴水のリズムは常に変化して、スケボーを練習する青年たちは似たリズムで其処で帽子を被りながら猥談をし、人の彼女の品評会をやり始めて、そんな時でも私達は断絶された社会の中では最も分かり合える存在で、彼女はどう思ったかよく知らないが少なくとも私は公園の中で幸せにリズムを視ていた。
恋愛感情は純粋に、素朴な他人性を求めて。付き合う時も常常そういうズレた生活方法が有ったが、どちらもとやかく言わなかった。寧ろ何処かがズレて、自分と違って、恋愛の最も尊いのがこういった不一致を可愛く思える所にある。性別や育ちに差異はあれど、横目を配り共に生きる人間模様こそが実相だ。だがそれは軈て家庭関係に着陸し、そこには到達し得ないイコンを求め、逆走する時は道筋に掛けた青看板が背面だった。
このような困難は恐らく解消する正解は何処にもないだろう。それほど人類は常に人間関係の徒労にとん挫し、真の理想はサロメが欲しがる頭顱のようで、どちらかがまだ息が残れば不条理さは乱れ続け、だからこそ生活方法の妥協点を決めなくては小さな困難は軈て実って、巨大な痛苦になってしまうのだ。——勿論、ここで結婚相手の首を取れという話ではなく、不条理さを理解した上でこうして安定した暮らしが手に入る。
最近はまた細君と議論をした。争点は相変わらず食卓の上に有る小さな黒胡椒一本。シチューに黒胡椒を掛けるのは私にしては常に困難だった。「味が薄いの?」と細君が聞いて、「厭、そんなことない。習慣なんだ」「あたし、貴方のために濃くしたのに」「味は丁度いいんだ。余り意味のない胡椒なので、気分転換だと思ってくれ」と。話がくどくどになってきたが、私は説明しようとして、如何も自分が胡椒を掛けるのを彼女が納得するように上手く弁解できなかった。
とても困難だった。掛ける前に必ず彼女に事前確認をしたが、それでもそう言われて、私は今後シチューに胡椒を掛けるのが嫌になってきて、自分の行動一つがこうも奪われた気がした。というよりも、胡椒を掛けるだけの話、自分からしてシチューに胡椒掛けなくても味が良かったが、私はこのような喪失感を上手く説明できなかった。
その後は皿を洗い始め、彼女は私がずっと積んでいる未処理のダンボールを、あの遣り難いネイルで平らげて縛ろうとした。蛇口視たいにドバーッとこうも些細な困難はこの汚れと一緒に最も容易かったらと、ダンボールの茶色にネイルの軋み音が立っていて、水音より音が澄んでいた。
その時は、困難が如何でも良くなってきた。そうだ。解消しなくて良いんだ。イコンとか、胡椒とか、————ごみ収集日はお互いの脳内に一つとなっている。
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