現場
腥田をにゆり
「先生、ここでいいですよね?」
学生の彼は現場に来た。
或る日、天が晴れて、彼は単発の日給のためにそこら辺で指示を待っている。
今回はどのくらい待つだろう——立ったまま彼は考えた。他にも何人かが立っていた。しかし何もせず現場を視守るだけだった。
指示出さない限りは動けない。ふいに今日の仕事終わった後のことを考えたら、幕の内弁当食べたいなー。と、イメージした時は、あんなもんで胃袋に溜るのかと、彼の心身が萎えた。
現場は自分以外にも学生がいた。
女性たちはセーラー服を着たまま現場に着いて、一人の彼女は高校生に視えないくらい老けていた。あのシワ……。数日前の現場と出会った看護師と同じ形をしていた。
現場で自由に動き廻ったカメラ小僧の如き躰が一人。人々はカメラに眼線を合わせなかった。それよりもこれからの労働に専念しようと、皆皆は思った。作業中、無機質なリズムと振動音が強まり、その掘り続けるピストンは掌蹠に伝わるくらいで、彼は、自分だったらちゃんと働けるか。と、少し不安に思えた。
不安になると男らしさというのも盪尽して、やがて枯れていく。幾分男で有ることに無駄なプライドを、そんな彼は持っている。プライドは何よりも大事であった。一万円札以上に。
作業中の一人を視るたび、彼は不意に笑った。
なんでそこまで汗かいたのかと思った。酷暑日では有るが、涼しい風は上方から調和していた。おじさんシッカリしろ。と、彼は一度心の中で軽蔑した。
現場にいる者、特に薄着の彼女たちは汗一粒もかいてなかった。
————深い穴に近づけば、微生物、もしかしたら水の中か或いは暗い壁の上にも蝙蝠かなにかが生息しているかも知れない。穴は凡ゆる生命を孕むと彼は思った。
「中はダメだ」
と作業中の男は叱られた。
「う……」汗のかいた男は静止に満ちた手袋をその場に放って、軈て作業が一旦終了した。
次にできる人いないか?と、監督が現場で指揮を取り、学生の彼は一回周囲と視比べて、自分は遣り切れるという確信を抱くようになった。何しろ、これらの連中はだらっとしていて、彼こそメンタルとフィジカルにおいては勇猛果敢な志を有していた。そこら辺のつらら石は蝙蝠すら飛びつかず、眇眇して垂れ下がるだけだった。
そして彼は鷹揚に構えた気持ちで臨む。手袋を嵌めると、すぐ協働作業に取り掛かった。
先生は決まった言葉しかいわず、彼は先生の言ってることをマッタク無視していた。幕の内弁当……いや、焼肉弁当でもアリか。作業中に彼は弁当のことを考えて、考えれば眼の前のことに振り廻されず長長と演っていけた。この作業は集中がマッタク要らなかった。只只、同じことを淡々と熟していく。先生は思ったより先に体が崩れて、彼は先生に構う腕力が残らなかった。轆轤を廻す時と似た昂揚感で彼はその腕だけではなく、その微微とした変化も呼吸も量りながら擦り合わせていく————
「よーし。ストップ」
手袋が一瞬にして汚れて、その刹那に何処か憮然としていた。その後、一万円札が渡され、ズボンのファスナーを引き上げる彼はそのまま家に帰った。
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