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青い熱帯の続きです。タイトル考える作業が一番楽しいかも。

タグ: #純文学

小説

1,940文字

金属の夢

腥田をにゆり

担任はイライラを隠しきれず、いや、というより滲み出るように常々不愉快な顔色を見せていた。噂では数年も付き合った男と別れたらしいが、恋愛に対してまだ何一つ経験を持っていない私にとっては、なぜそこまで一人の男に執着するほどに、感情の赴くままに生徒の前で悪態をつくのかが不思議だった。はしたない、格好悪すぎた。

一昨日はうい川と放課後、マルイにあるゴディバでパフェを食べた。本来は大金をかけたくなかったが、彼女とマルイで適当に歩く途中に自然にペースを引っ張られて普段絶対入ることのないゴディバに入ってしまった。最近ってゴディバが流行ってるんだ……と何気に不安になってきて、財布を確認したらギリギリ千円札二枚入っていた。この一食分のために千円札二枚を使うのかと躊躇して、しかし、よく見たらうい川は全然そのような葛藤を一切持たずにただメニューの画像を指しながら「あ!新商品だ」とだけ呟いた。私はそんな貧乏くさい自分を彼女に知られたくなかったので、すぐさま財布を仕舞い、同じくメニューの値段を見ずに、……見ぬふりでとりあえず味よりも重要な、経済的なことしか考えていなかった。新商品にはさほど興味を持ってなく、ワンランク下げて普通にパフェじゃなくココアを一杯注文するのもいい。重要なのは彼女に貧乏臭い私を見せないこと、それだけだった。

そして、自分は無造作をり切り、届いたのは一杯のココアで、彼女の目の前に置かれた新商品はこの貧乏臭いココアと比べてとてもキラキラしていた。

硝子と果物とショコラでできた彫刻みたいに、しかもショートケーキほどの幾何学的な真面目さがまるでなかった。あれはクリームで誤魔化すことなく、繊細な職人技によって成り立ったバベルの塔だった。多分スプーンで崩して、あの甘美な構造を唇に送ったら忽ち言語が消失していくのだろうと思わせる一方で、あのふわふわとした様式美は、対照的にココアの素朴な凪を露呈させていた。——なんか、柚子胡椒みたいなエスニックな匂いが漂った。一口食べた彼女は、「オレンジピールの匂いかも」とさり気なくいった。

うい川はスプーンの持ち方が鉛筆みたいで、クラスの他の人とも違ったが、今思えばVOGUEにあるベテラン女優の持ち方とよく似ていた。常に落ち着いていて、何も主張しようとしない所で独特な花曇りらしき空気感が、一挙手一投足にも表れている。しかし、あまりにも感心できなかった、だっていちいち舞踏会に参加するシンデレラに同伴するようで、これはとても窮屈なライフスタイルに違いないと、そういう気分になった。もしも、スプーンを昔の地上波に登場した超能力者みたいに曲げるのであれば、彼女は人気者になれるに違いないと、少なくとも同じテーブルに座った時の私はそう考えた。
「一口食べる?」

ふと彼女が鉛筆持ちでスプーンを至近距離まで持ってきて、その腕には血管が一切浮き出ていなかった。

私は遠慮なくパクっと頂いた。確かに柚子胡椒の塩気はしなかった。ショコラと柑橘系の酸味がよく馴染んでいて、今となったら、もし彼氏ができたらあれくらいの酸っぱさなんじゃないかと思った。スプーンが口から離れた瞬間、銀色のなかに自分の顔が映り込んでいて、微かに口角が妙に上がっていた。

そういえば、今日安田は相変わらずクラスの男子と喧嘩して、男子の何人かが「ブスブス」と罵倒してきたが、それでも安田は負けなかった。一般の女子と違って、安田はショートヘアで趣味は男寄りということでよく小馬鹿にされた(なぜそれで男子と仲良くなれないのかが謎)、私もその場にいたのだが、喧嘩の経緯を要約すると、担任が恋人と別れたという噂を広めたのはこれらの男子たちだった。

安田は前から変な正義感を持っている人だから、しきりに教室の空気を悪くするような中傷行為を許せなかったのだろう。しかし、やはりその正義感がウザがられて、それで男子と女子の対立が始まった。女子たちは勿論安田と担任のほうを支持している。

ところが、あの時うい川が「やめなさい」の軽い一言で、どういう訳か男たちが黙り込んで、その場で素直に解散した。魔法でも使ったのかと思ったら、「うい川って最近までバスケ部の部長と付き合ってたらしい」とだけは他人から聞いて、それでもどこかスッキリしなかった。今度は直接彼女に聞こうと決めた。

その日の夜、私は変な夢を見た。

街の中に一人の裸の王女が馬に乗り、数百年前のヨーロッパの城下町を巡っていた。

誰しもが窓を閉め、家から出ないようにしていたが、私だけは出歯亀のぞきまのようにその素肌を窓の隙間から覗いていた。

それは鉛の大玉みたいにずっしりと、彼女を苦しめるように銀色に発光していた。

ただ、お陰様で領民たちは助かった。

© 2026 腥田をにゆり ( 2026年7月17日公開

作品集『『青い熱帯』、ほか』最新話 (全2話)

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