七日で魚になる (6/7)

七日で魚になる(第6話)

加藤那奈

小説

5,841文字

今時、都会のスーパーマーケットは夜遅くまで開いているから帰宅時間が不規則になりがちな私にとっては便利だけれど、便利というだけで、快適ではない。
・・
少女の身体にわたしの顔、ね……。
あなた、わたしにそんな妄想抱いていたの?
(2017年)

XI ROOM NO.303 :夜の買い物

 

今時、都会のスーパーマーケットは夜遅くまで開いているから帰宅時間が不規則になりがちな私にとっては便利だけれど、便利というだけで、快適ではない。もちろん、それは私にとって、だからね。

私にはスーパーマーケットがいつの頃からか複雑な場所になっていた。感情がひどくかき乱される。

楽しくもあり、寂しくもある。

食材の、特に野菜が並ぶ売場は楽しい。

でも、それを照らす蛍光灯の光は寂しい。

積み重なったプラスティックの買い物籠には苛々する。

鮮魚売場も心躍るけど、精肉売場はちょっと興奮する。

お菓子の袋が詰め込まれた棚は、寂しさを越えて少し悲しい。

香辛料や調味料の棚は楽しい。

ペットボトルの飲料水が連なる様子は何だか寂しい。

お総菜やお弁当の並ぶ商品台は、寂しさが楽しさにカムフラージュされている(値引きのシールが貼られていると、カムフラージュのレートは跳ね上がる)。

冷凍食品の冷蔵庫は楽しい。

アイスクリームの冷蔵庫は、同じ形をしていてもなぜだか不安だ。

トイレットペーパーだとか日用品の棚はなんだか怖い。

レジは寂しい。

買い物を終えた人たちが、エコバッグやレジ袋に品物を詰め込む姿は楽しい。

そういう場所だ。

仕事に就いてひとり暮らしをしている身としてはとてもありがたい。遅くなっても生鮮食品をたっぷり買える恩恵にはとても感謝をしている。だけどその便利さが私にじわじわダメージを与えているんじゃないだろうか。私にとって喜怒哀楽が入り混じる売場を一巡りして、レジで精算し、釣り銭を確かめて、いつもバックにひそませている小さく折り畳まれたエコバッグを開く頃には、気分がなんだかぐらぐらしている。それが夜、遅い時間であればあるほど、間もなく過ぎ去る一日の質量が大きくなる。

晩ご飯は適当にありもので済ますので、スーパーで主に買うのは足りなくなった調味料や日持ちのしない野菜など。冷蔵庫にはそれなりに蓄えがある。お休みの日に料理をしてパックに入れて冷凍保存する。お肉やお魚もいくらかだけどカッチカチに冷凍してあるものがある。一日二日買い物なんてしなくても全く問題は無いのだけれど、快適ではないとわかっていながら帰り道に煌々と灯りのついた、でもどこか白々しく営業しているいつもの店に立ち寄って、じわり疲れを倍増させる。ぐったりした身体を引きずりながら、揚げ句何も買わずに出てしまうこともある。買い物しようとしまいと、本能的に――それはいったいどんな本能なのかな?――店内を周回する。
駅から真っ直ぐ家に帰るのが厭なのかもしれない。思いもかけない事故だとか、通りすがりの事件なんかに巻き込まれそうで不安なのかもしれない。

かもしれない、かもしれない。

だから、時間をゴムバンドのように引き延ばし、わざわざ自ら憔悴させて頭の回転を鈍らせるのだ。何があっても驚くことのないように、かな。

どうせ身体が勝手に家路を辿る。

私って何してるんだろう、何がしたいんだろう。生きるってたいへんよね。でも、本当にたいへんなのかな。たいへんだと思えば何だか救われる? 救われない? まあ、そんなのどうでもいいんだけれど……でも、どうでもいいことなんてあるのかな。

堂々巡りの考え事に、だんだん意識がぼんやりし、それでも気づけば扉の前にいる。

私はどこかで、帰る世界を間違えたんじゃないかな。

毎晩そんな気がしてならない。

知らないうちに、別の世界に紛れ込み……前の世界と寸分違わぬけれど、存在としての本質がほんのちょっとずれている別の世界に紛れ込み、前の世界と同じようにそこにある、私の家に、今の私は初めて来たんじゃないのかな……。

じゃあ、この世界の私はどこへ行ったの?

私のドッペルゲンガーは、今、どこにいるの?

2025年1月20日公開

作品集『七日で魚になる』第6話 (全7話)

© 2025 加藤那奈

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