台風十六号がくるというのに、自転車で走りたくなった。
外は大雨が波打つように降るが、まだ序の口なのだろう。
予報によると、本州には夕方から本格的に到来するらしい。
急いで雨具を身に着け、早速出発することにした。
府中市から甲州街道を西へ向かう。
しばらく緩やかなのぼりが続き、
八王子の町を後にすると次第に民家が疎らになってくる。
気付けば高尾山口駅に構える大鳥居前まで来ていた。
これは駅の傍にある氷川神社の鳥居で、
街道から見上げると、その迫力に圧倒される。
高尾山にも登りたいものだが、欲張ってはいけない。
今日は目的が違っているので諦めることにした。
どこを見渡しても人は少なくなってきている。
台風に備えているのだろう、無理もない。
高尾山インターチェンジを通過する歩行者用の地下通路で、
仄かに点灯した明かりを求め、雨の難を逃れてきた昆虫の鳴声が
雨音に囁くように響いている。
私も少しの間、汗で重たくなった身体を休めることができた。
八王子市と相模原市の境目にある大垂水峠は、
険しい上り坂の脇に雨水が小川をつくっていた。
雨足はさらに強くなり、自転車に乗るのを止めて手押しで歩く。
普段のように走れないことを痛感してはいたのだが、
妙なことに疲れるどころかむしろ活力に満ちていた。
ほとんど無心に近い状態で、一歩一歩前に進む。
深い山林の間を、細くうねる峠道が続いている。
大型トラックが真横を走るたび、小川に長靴を踏み入れ
道の端すれすれまで非難した。
やがて大垂水のバス停を過ぎると、上り坂が終わり
峠を頂まで来たようだ。
再び自転車にまたがり、緩やかな下りに乗ると
すぐに「これより神奈川県」という案内板が見え、
そこから突然視界が開けた。
大垂水橋から眺める相模原市は、深い霧の中だった。
空はいよいよ雨雲が渦巻いてうなり、
雨風に打たれる山林の緑を色濃くしている。
恐れはあったが、大垂水峠を越えてからの
何かに挑む気力に満ちたまま、
相模原市の先、今度は山梨県大月市を目指して
またペダルを漕ぎ始めていた。
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