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大垂水峠

大川縁

八王子市から相模原市までの間にある大垂水峠を自転車で走った時のことです。台風が迫っていてなかなか思うように走れませんでしたが、おかげで発見もいくつかあり、良い体験でした。

タグ: #散文詩 #自由詩

865文字

台風十六号がくるというのに、自転車で走りたくなった。

外は大雨が波打つように降るが、まだ序の口なのだろう。

予報によると、本州には夕方から本格的に到来するらしい。

急いで雨具を身に着け、早速出発することにした。

 

府中市から甲州街道を西へ向かう。

しばらく緩やかなのぼりが続き、

八王子の町を後にすると次第に民家が疎らになってくる。

気付けば高尾山口駅に構える大鳥居前まで来ていた。

これは駅の傍にある氷川神社の鳥居で、

街道から見上げると、その迫力に圧倒される。

高尾山にも登りたいものだが、欲張ってはいけない。

今日は目的が違っているので諦めることにした。

 

どこを見渡しても人は少なくなってきている。

台風に備えているのだろう、無理もない。

高尾山インターチェンジを通過する歩行者用の地下通路で、

仄かに点灯した明かりを求め、雨の難を逃れてきた昆虫の鳴声が

雨音に囁くように響いている。

私も少しの間、汗で重たくなった身体を休めることができた。

 

八王子市と相模原市の境目にある大垂水峠は、

険しい上り坂の脇に雨水が小川をつくっていた。

雨足はさらに強くなり、自転車に乗るのを止めて手押しで歩く。

普段のように走れないことを痛感してはいたのだが、

妙なことに疲れるどころかむしろ活力に満ちていた。

ほとんど無心に近い状態で、一歩一歩前に進む。

 

深い山林の間を、細くうねる峠道が続いている。

大型トラックが真横を走るたび、小川に長靴を踏み入れ

道の端すれすれまで非難した。

やがて大垂水のバス停を過ぎると、上り坂が終わり

峠を頂まで来たようだ。

再び自転車にまたがり、緩やかな下りに乗ると

すぐに「これより神奈川県」という案内板が見え、

そこから突然視界が開けた。

 

大垂水橋から眺める相模原市は、深い霧の中だった。

空はいよいよ雨雲が渦巻いてうなり、

雨風に打たれる山林の緑を色濃くしている。

恐れはあったが、大垂水峠を越えてからの

何かに挑む気力に満ちたまま、

相模原市の先、今度は山梨県大月市を目指して

またペダルを漕ぎ始めていた。

 

© 2016 大川縁 ( 2016年10月19日公開

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