朝、襖のすそが、すこしだけ破れていた。爪のさきほどの裂け目から、奥の紙がのぞいている。べつの月。べつの日付。べつのひとの、字。
引いてはいけない、と頭のすみでは分かっていたのに、わたしの指はもう、紙のはなびらをそっと剝がしていた。何枚も重ねて貼られた、家の下張り。その三層目に、あなたの暦があった。
季ノ名はもう薄れ、罫の青だけが、息のように残って。ところどころに、まあるい〇。何の日かわからない〇。ただ、丸のふちが、すこし強くなぞられている日と、そうでない日とがある。あなたの指さきが、迷ったり、決めたりした夜の、差。
わたしの誕生日には、なにもしるしがない。あなたと逢った日にも、なにもしるしがない。それなのに、何でもない木曜日に、ちひさく貝のような印。何でもない火曜日に、いっそう深い円。
きっと、あなたにとって、わたしを思ツていた日は、わたしと逢ツていた日では、なかったのだろう。逢う前、逢ったあとの、長い余白。襖のうらで、あなたは、わたしのゐない日に、わたしを置いていた。
ゆびさきがふるえて、紙のへりが、また少し剝がれた。粉のような糊のかけら。手のひらにのせれば、それは、もう触れられないあなたの肌の、いちばん遠い角度に似ていて。
襖を、もとどおりに閉じる。表の唐草は、なにもしらない顔をして、午後の光を吸っている。わたしと、わたしのうらの暦と、そのまた裏のあなたの暦。三枚重ねの家のなかで、わたしは、いま、何枚目を生きているのだろう。
──さっきの、いちばん深くなぞられた円のうえに、わたしの指紋が、ひとつ、しづかに、かさなって。
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