わたくしは、灰をたべる女にござります。
灰かぶりの舌に、まだ見ぬ誰かの呟きが、
熾火のごとく刻まれてをり、
世のひとはそれを「炎上」と申すそうです。
畫面の向かう、百萬の眸が
わたくしを焚べようと 迫る。
ヰたんビ、ヰたんビ、ヰたんビ、と
唱へながら。
燃やされつつ、わたくしは想ひだす――
いにしへの広場、薪のはぜるおと、
祈りのかたちをした罵声、
「正シサ」と刷られた札が
ひらりと舞ひ、皮膚に貼りついて剥がれない。
夜が来る。
夜は、焼かれた者だけにひらかれる扉。
ビルの裂け目、コンクリのひび、
監視カメラの瞼がほんの刹那、伏せらるるとき、
わたしたちは、あらはれる。
焼跡から、ひとり、またひとり。
くちびるに薬草を含んだ祖母、
詩を糧に生きようとして折られた者、
「規格外」と札を貼られた愛をいだく者、
神を視ると言ふて嗤はれた預言者、
そして、ただ黙つて其処に在つたといふだけの者。
わたしたちは火を持ち寄る。
奪はれたほむらのカケラを、
舌の裏に、指のまたに、まなじりの奥に、
こつそり匿つておいた残り火を、
重ね合はせ、夜に 灯す。
これが我らの蘇生火――
灰のなかから、いま一度、
自らの輪郭を描きなほすための火。
ねぇ、聞こえてゐますか、あなたがた。
薪をくべる手で今宵もスマホを握り、
「正常」の名のもとに
誰かを焼いてゐる、あなたがた。
罰したいのではありません。
ただ、ひと晩。
ひと晩でいいから、ヰたんビを返してください。
灰になるまへに、わたしたちにも――
ふつうに泣く時間と、
ふつうに祈る時間と、
ふつうに「ふつうじゃない」と云へる時間を。
夜明けまで、あといくばくか。
焰はしづかに、わたしたちのあはせた手のなかで、
人間といふもののかたちを描きなほしてゐる。
燃やされた者だけが知る、
やはらかな、まつたうな火を。
――ひとはみな、その胸の奥に、
焼かれざる種火を、ひそかに匿つてゐる。
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