朝が ぼくの 顳顬に
ひそやかに 触れてくる
渇天の 縁から
こぼれた ひと匙の ひかり
天しずくが
ぼくの 細い腕に 染みてゆく
ほどけた雲が 川に なった しずく
だれかが
空を 絞ってくれたのだ
母さんが
紅玉の りんごを むく
螺旋をえがく 紅い皮は
ぼくの 血管の 道のりに 似ていて
あらわれた 白い果肉は
ぼくの 痩せた肩に 似ている
「少年よ ヒカリで あれ」
── だれの 声 だろう
枝で ゆれる 鵯が
雲のかけらを 啄んでいる
ぼくは うごけない
うごけない この 軀が
いちばん遠くまで 翔んでいる
心電の 折れ線は
ぼくが いま 攀じている 山なみ
酸素マスクの 内がわで
ぼくの 子いきは
ちいさな 海鳴りに なる
うずきが めぐるたび
神さまが しずかな譜面に
書きとめてくれる
ささやかな 星譜よ
ぼくの 譜を
蛍の 灯心に してください
ぼくの 黒髪を
夜の 細い 経糸に
ぼくの 名を
だれかの 凪いだ 午後に
── そっと 揚げてください
子いきが 浅くなる
胸の 鞴が 小さくなる
でも こわくない、と
口にして みる
こわくない、と
しろい 手が 降りてくる
脈を とる
その 指は あたたかい
ぼくの 名を 読みあげるように
すっ と 数を かぞえてゆく
母さん
泣かないで ください
ぼくは ヒカリに 為るのです
だれかの 手のひらの 体温として
夏の 草いきれの 匂いとして
雨あがりの 舗道で 跳ねる
ひかりの ふるまい として
ぼくの 軀の 重みを
ほんの ひと匙
わかちあって ください
振りむかないで
ぼくは いつも
すこし先の
ヒカリで います
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