プールのあとの更衣室
塩素がまだ耳の奥にゐて
きみの肩甲骨に水滴が
ひとつぶ、ふたつぶ
落ちてゆくのを数へてゐた わたしは
ここは男子禁制
と誰かが戸のうちがはに書いた
ひるがへるスコートの襞
ナプキンのセロファンのちひさな破裂
あのこたちの笑ひ声がタイルに反響して
コトコトコトとぶつかり合ふ
〈わたしたちは植物である〉
と顧問の先生が言つた
〈光合成するのは皮膚ぢやなくて
粘膜のはうだよ〉
ユミが腋を剃つてゐる
カミソリの刃がひかる午後
アヤノはストッキングを脱いでゐる
つま先のかたちに汗がしみて
あなたはそれを見てゐた
まだ名前のつかない視線で
〈みたい〉がそのまま〈なりたい〉に
翻訳される寸前の舌
ハナゾノはなぜ禁制なのか
それは花が咲くからではなくて
花が咲いたあとのことを
わたしたちしか知らないからだ
果肉がくづれてゆく音
雌蕊が雌蕊を呼ぶこゑ
めしべめしべめしべと
国語のノートに書き写す放課後
夜、布団のなかで
きみの指の節をおもひだす
それはおもひだすのではなく
呼び出してゐるのだと
うち、うちがは、うつくしい
と打つとき
スマートフォンの予測変換は
何度も〈美しい〉にひたむきで
わたしはそのたびに消して
また、うつくしい、と打ち直す
男子禁制のハナゾノ
それは子宮のことでも
女子校のことでも
宝塚のことでもなくて
わたしがきみの首筋に指をあてた
あのコンマ数秒
世界から男が消えた
真空
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