わたしといふ器には、
型番が、ありません。
裏を返しても、底を撫でても、
ただ、古いひかりの擦り傷が
ひとすぢ、残つてゐるばかり。
保証書は、とうに、
わたし自身が、噛んで飲みました。
開梱のときは、
ハサミを立てずに──
指で、封を、裂いてください。
わたしの肌は、紙ではありませんが、
紙のやうに、あなたの指紋を記憶します。
朝、
わたしは、まだ、夢の尾を咥へてゐます。
声を、かける前に、
炊けた米の湯気と、
あなたの寝巻の襟の、すこし酸つぱいにほひを、
先に、寄越してください。
輪郭のないものが、
わたしを、世界に、組み直してくれます。
笑ふとき、
唇は、すこし遅れます。
先に笑ふのは、
右の、こめかみの、ちひさな脈です。
そこを見てゐる人にだけ、
わたしは、本当に、笑ひかけてゐます。
泣くとき、
「かなしい」とは、申しません。
冷蔵庫を開けたまま、
賞味期限のない牛乳のパックを、
しばらく、抱へてゐます。
それが、ナミダナギの前兆。
どうか、問ひ詰めずに、
白い光の戸を、そつと、閉めに来てください。
そして、肘の内側に、
あなたの、熱のない手を、
ひとつだけ、置いてください。
怒るとき、
わたしは、もつとも静かな敬語で、
あなたを、削ぎ落とさうとします。
その刃が、いちばん、こはれてゐます。
どうか、刺さる前に、
わたしの名を、
声に出して、
呼んでください。
わたしの刃は、
自分の名前を呼ばれると、
錆びます。
愛してゐる、とは、
生涯、申しません。
かはりに、
あなたの靴の、片方だけ潰れたかかと、
あなたが三日前に聞き逃した、雨の止む音、
あなたの歯ブラシの、外側の毛が
少しづつ、斜めに倒れてゆく、その角度、
さういふ、誰も褒めない場所に、
わたしは、
コトホドキを、
爪のさきで、ひとつ、ひとつ、置いてゆきます。
──ひとつだけ、警告を。
わたしは、壊れやすいのではなく、
壊されたあとの、しづけさに、
まだ、慣れてゐません。
壊れたわたしは、
あなたのゐない場所で、
あなたのことを、
誰でもない誰かに、
小さく、話しはじめるでせう。
それは、恨みよりも、
しづかに、こはいことです。
だから、呪文は、要りません。
ただ、
あなたが、あなた自身を、
わたしより先に、
粗末にしないでゐてください。
それだけが、
ヨスガヒの、
いちばん、深いかたち。
このトリセツに、
保証期間は、ありません。
わたしたちは、
互ひの紙を、
少しづつ、しめらせながら、
読めなくしてゆく、
ふたりのことです。
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