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房ふさ譜 ──亜華詩亜「あかしや」の家

無花果回

「樹は その後も 咲いた/誰も ゐない庭に」

三世代の家族と、一本のアカシヤ。
読まれなかった四文字と、切れなかった包丁。
血脈が消えても咲き続ける樹。
『房ふさ譜──亜華詩亜「あかしや」の家』

タグ: #家族 #詩

詩

543文字

一

 

末の子が 空を指して 白い雨 と言つた日
姉は 花だよ と訂正し
母は 訂正を 訂正しなかつた
父は 樹の根もとで 去年の房を 拾つてゐた
掌が 土より 黒かつた

 

アカシヤは この家の 四人目の 背丈
いちばん しづかな 口

 

二

 

縁がわで 祖母が 誰かを 呼んでゐる
ハゝさん
ハゝさん
それから 一度だけ
知らない名を

 

呼ばれるたび 房から
ぽ
と
ひとつ 落ちる

 

蜜ごゑ と いふ

 

祖母の 手帖の 裏表紙
亜華詩亜
の下に
墨で 消された 四文字

 

孫は 読まなかつた
読めない のでは なく

 

三

 

老犬の 後脚が 立たない
薬を 溶かす 朝の 音
花睡り が 土を 覆ふ
老犬の 夢のなかでだけ
亜華詩亜は 若木で
まだ 誰も 喪つてゐない

 

四

 

父の 掌の 傷は
この樹を 植ゑた 日の もの
母は それを 薫傷 と 呼んだが
ある晩 台所で

 

──こんな樹 いつ 切つたらええのやろ

 

と 俎板に つぶやいた
包丁は 動かなかつた

 

花は 記憶より はやく 咲いて
誰のものでも なくなる

 

五

 

末の子が 姉に なり
姉が 母に なり
母が 祖母に なり
祖母は ある未明
白い雨に まぎれた
消された 四文字は 読まれぬ まま

 

樹は その後も 咲いた
誰も ゐない庭に

のこるのは

ぽ
ぽ
ぽ

 

族譜 と いふ語を
樹は 知らない

© 2026 無花果回 ( 2026年4月23日公開 )

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