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答案は濡れていてよい

無花果回

本日、海面と羊水面の、見分けがつかなくなった。

以下は、その前線を読む者たちの通報である。

タグ: #詩

870文字

次の通報を読み、各問に答えよ。

試験時間は、陣痛のはじまりから破水まで。

答案は濡れていてよい。配点は、生まれてくる者の数に比例する。

 

──以下、気象通報。

 

本日未明、いずれの海図にも記されぬ一点に、羊水うみ前線が発生した。

中心気圧、不明。胎圧たいあつ、依然として下がらず。

本前線、呼称〔   〕。命名、いまだ無し。

前線は時速ひとりずつ、此岸しがんへ向けて北上中。

等圧線は、すべての臍を中心に、内へ内へと巻いている。

レーダーには胎動しおが映る。明滅する点は、まだ名のない者の現在地。

 

産道みおに沿って、暖かく湿った気塊きかいが流れ込み、

しじまの産科病棟、その窓だけを嬰雨えいうが濡らしている。

雲を経ない雨である。産声あめになりきれなかった声が、そのまま降る。

本日の降水確率は、生まれてくる確率に等しい。すなわち、百。

 

満潮は陣痛とともに満ち、干潮とともに退く。

われわれはヘクトパスカルで、その痛みを測る。単位はあるが、意味はない。

羊水うみ面と海面は、もう見分けがつかない。

両者の分かれていた最後の日付を、観測史は思い出せずにいる。

 

破水ののち、床にうすく残るのは、なごり水。

退いた潮が砂に書きつける、最後のひと文字に似て、誰にも読めない。

 

──われわれは前線を読む。

もはや、天気図と亀卜きぼくの、見分けがつかない。

 

問一 傍線部「破水」を、気象用語として説明せよ。〔配点・嬰児一名〕

 

問二 前線の通過後、海面は幾センチ昇るか。生まれてくる者の数を用いて答えよ。

ただし、引き算を用いてはならない。

 

問三 次のうち、予兆でないものを一つ選べ。

ア 初産婦のしじま  イ 満ちてくる潮

ウ 濡れた答案    エ 該当なし

 

問四 通報の呼称欄〔   〕に、まだ名を持たぬ者の名を記せ。

記した名で前線は上陸する。ただし、上陸ののちは受理しない。
解答欄
(余白)

 

──通報、以上。

前線は今夜半、われわれの真上を通過する見込み。

答案を回収せよ。濡れていてかまわない。

採点は、海面が退いてからとする。

それまでわれわれは、ただのひとりも、落とさない。

© 2026 無花果回 ( 2026年6月28日公開

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