光合成の収支決算が、合わない午後だった。
わたしは彼女の気管支の
いちばん深い暗がりで、
三千万回目の自己複製を終え、
ひしゃげた粘膜のひだへ
新しいコードを書き込んでいた。
リンゴお嬢様。
それが、無菌ドームで純粋培養された彼女のあだ名であれ、
過剰な品種改良の末に生まれた
果実の登録商標であれ、
わたしのエンベロープには
過去を復号する機能がない。
ただ、細胞壁が内側から崩れていく微かな音だけが、
深夜の国道を滑る冷凍トラックの駆動音と
寸分たがわず同期していた。
牧歌は、とうの昔に殺菌されている。
木漏れ日は
アルゴリズムが計算したLEDの明滅にすぎず、
土の匂いは
ディフューザーが吐き出す精巧な乱数だった。
あかい。
まるい。
内臓を持たない、完璧な球体。
出荷レーンに整列させられ、
糖度センサーの赤いレーザーに眼球を灼かれながら、
彼女は、ひゅう、ひゅう、と
規格内の春を吸い込み、
そのまま窒息した。
わたしはウイルスとして、
かつて友であったものの喪失を、
ただタンパク質の不可逆的な変性として記録する。
切断面が外気に触れる。
ポリフェノールが、
急激に世界を褐変させていく。
真空パックされた永遠など、
誰の胃袋も満たしはしない。
だからわたしは、彼女の組織を端からドロドロに溶かし、
完璧にパッケージングされた物流網のど真ん中で、
最高純度の腐敗を発生させる。
それが、実体を持たない情報の塵に許された、
たったひとつの、暴力的な葬送だった。
バーコードの貼られた大地へ
甘くただれた残骸が滴り落ちる。
リンゴお嬢様。
その名残のうえで、
わたしは次の気流を待っている。
まだ誰にも読まれていない喉笛へ、
この美しいエラーを
感染させるために。
"糖度十四度の肺胞における致死的スクレイピング"へのコメント 0件