抽斗をひらく
五つの まりが ねむっている
樟脳と ふるい絹のにほひ
ちりめんの皺の図 朱 鶸 萌黄
ほどけかけた花 ほどけきれない花
掌にのせる
ふる、と音がする
中身を わたしは しらない
*
これは あなたの ぬひめ
古い帯の裏地 誰のものでもなくなった襦袢の袖
嫁入りの はずれの色 はずされた色
端切に端切を継いで 継いで
継ぎ目こそが図柄になったもの
縫っていた のではない
針が 動いていた のでもない
何かが 通っていた
膝のうえに 端切れが しずかに ふえてゆくのを わたしは見ていた
夕焼けが ゆっくり 消えるまで
そのとき 部屋の閾には
見えない糸のやうなものが 張られていた
ひかりは 部屋に 満ちていた
あなたは そのうちで 動かない
亡くなったあと 箪笥のおくから出てきたのは
ひとつだけ 糸の始末が ひととおりでない ひと粒
ふるえる指で かたく結ばれた 最後の 玉結び
掌にのせる
あなたの体温を さがそうとして
わたしの掌が さきに あたたまってゆく
ふたつめを ひらけば 内の種子が
ことばのように こぼれる
受けとっては 忘れ
忘れたことを また 受けとる
掌史
あなたが縫った お手玉で
わたしは 遊んだ
遊ぶたび 胸のうらに
ちいさな玉結びが
玉留めできぬまま
罪に なってゆく
縫われていたのは あなたではなかった
あなたを 縫ひつけていた 何かを
わたしは まだ 見きわめられない
抽斗を しめる
中で 五つの まりが まどろむ
わたしの指は
結べないまま 縫はれている
"胸のうらの 玉結び ── 掌史抄"へのコメント 0件