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胸のうらの 玉結び ── 掌史抄

無花果回

抽斗をひらくと、樟脳の匂いと、ちりめんの皺と、ほどけかけた花。祖母が手縫いしたお手玉が、五つ眠っている。ふる、と鳴る音。中身を、わたしは知らない。本作は、形見をめぐる追悼の詩でありながら、同時に、追悼が孕む小さな罪の発見の詩でもある。あなたを縫いつけていた何かを、わたしはまだ見きわめられない。

タグ: #詩

593文字

抽斗ひきだしをひらく
五つの まりが ねむっている
樟脳しょうのうと ふるい絹のにほひ
ちりめんの皺の図 あか ひわ 萌黄もえぎ
ほどけかけた花 ほどけきれない花
掌にのせる
ふる、と音がする
中身を わたしは しらない

 

 

これは あなたの ぬひめ
古い帯の裏地 誰のものでもなくなった襦袢じゅばんの袖
嫁入りの はずれの色 はずされた色
端切に端切を継いで 継いで
継ぎ目こそが図柄になったもの
縫っていた のではない
針が 動いていた のでもない
何かが かよっていた
膝のうえに 端切れが しずかに ふえてゆくのを わたしは見ていた
夕焼けが ゆっくり 消えるまで

 

そのとき 部屋の閾には
見えない糸のやうなものが 張られていた
ひかりは 部屋に 満ちていた
あなたは そのうちで 動かない

 

亡くなったあと 箪笥たんすのおくから出てきたのは
ひとつだけ 糸の始末が ひととおりでない ひと粒
ふるえる指で かたく結ばれた 最後の 玉結び
掌にのせる
あなたの体温を さがそうとして
わたしの掌が さきに あたたまってゆく
ふたつめを ひらけば 内の種子が
ことばのように こぼれる
受けとっては 忘れ
忘れたことを また 受けとる

 

掌史たなごころし
あなたが縫った お手玉で
わたしは 遊んだ
遊ぶたび 胸のうらに
ちいさな玉結びが
玉留めできぬまま
罪に なってゆく

 

縫われていたのは あなたではなかった
あなたを 縫ひつけていた 何かを
わたしは まだ 見きわめられない

 

抽斗を しめる
中で 五つの まりが まどろむ
わたしの指は
結べないまま 縫はれている

© 2026 無花果回 ( 2026年4月29日公開

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