四時十三分、申し送りの紙を剥がして、
佐藤ハナさん(仮)、女、八十九、と書き直す。
書き忘れではない。書くひとが交代しただけだ。
点滴 なし。経管 なし。家族 __________。
罫線だけが残り、罫線も死後はやがて消される。
呼吸が止まったのは四時七分頃か、あるいはもっとまえ。
検温のてのひらが、ぬるい肌をたどって、肺の凪をたしかめる。
脈、ふれず。瞳孔、対光反射、なし。
わたしは十六時間目の足で、ハナさんの隣に立っている。
これらの記述は紙の体となって、
ハナさんよりも長く生きる。
ナースコールはこの夜、十一回。
うち八回は、隣の308号室、寝返りを打てない男のためだった。
残りの三回はハナさんで、
一回目は「のどがかわいた」、
二回目は「きょうは何曜日?」、
三回目は、応答なし。
三回目に、わたしは麦茶を持っていった。
コップは机に残ったまま、結露が罫線のように線を引いて、
朝にはきっと拭き取られる。
家族連絡先は十三年前の番号で、
コール音が三十回、われわれの胃の奥に落ちていって、
留守電は別人の声だった。
「もしもし、息子は三月に亡くなりまして━━」
受話器を置いたあと、制服から、
ゆうべの夕食の匂いがした。
四時四十七分、国道沿いの搬出口。
霊安車のドアの「いらっしゃいませ」を消すために、
われわれは年に一度、業者を呼ぶ。
五時十二分、始発までまだ時間があり、
駅前のロータリーには新聞の束だけが届いている。
空には明け星がひとつ、
あれは金星だ、あれは熱を持たない。
夜勤のタイムカードは、それでも、
あの星から押されている。
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記録 ______年__月__日 04:13
氏名 佐藤 ハナ
体位 仰臥位
意識レベル ━━━━━━━━━━━
所見 すでに冷たい
備考 麦茶、机上 一杯
発見者 夜勤者(__時間目)
立会 ____________
家族 ____________
通報 ____________
死亡確認医 ____________
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