もうじきハルノアラシがくる
僕の家族や 美しい庭
そうしたかけがえのない
僕がこれまで集めてきた 大事なものばかりを
ハルノアラシは連れて行ってしまう
だから父の涙を初めてみた僕らは
とまどいながら 君に助けをすがった
君は僕ら家族を安全なところにかくまい
僕らに温かい食事を与えた
君の優しさに僕らはもう一度涙した
……
晩
烏が外で騒ぎ出す
始めはまだ幼い弟だった
弟はそれきり動かなかった
食事の毒が体をめぐって
心臓の動きを止めた
毒殺だった
次に母さん そして父さん
弟と同じように
天井を見上げたまま痙攣し
苦しみ抜いて動かなくなった
僕は家族が動かなくなるのを
ただ茫然と眺めていた
窓が風に押されて
音を立てていた
君の表情を窺うことができないまま
夜の深まりに息ができず
僕は死ぬことがすぐ目の前まで
あのハルノアラシよりも先に
やってきていることに 恐怖した
君は僕の死をも
望んでいると思ったから
……
でも君は僕だけを殺さなかった
「二人だけの楽園に行こう」
そう言って君は
僕の家族の亡骸に油をまいて
火をつけた
君の家は
アラシの前の暗雲のそばまで火の粉を飛ばし
竹林をいくつも巻き込んで燃え盛った
それを見つめる君は
まるでこの世は地獄でしかなく
まるでこの世に何ひとつも寄る辺はない
とでもいうような
火炎の灯りも届かない
冷たく暗い眼差しを宿していた
……
もうじきハルノアラシがくる
村は風に怯え 人は悲しみ嘆く
君の家は炭になり
僕の家も 同じようになった
もうどこにも帰るところはなく
僕は君に約束をした
二人で暮らせる最後の楽園
そこで一緒に
恐ろしい風をしのごうと
村から外れたイハイ山の洞窟
僕らの最後の楽園で
君は健気に僕の帰りを待っている
そこは僕らがまだ幼い頃
よく隠れ家にしていたところだった
遠い記憶
二人の遊びは夜まで続いた
幼い僕は君の言う通りに
君のどんな要求にも応え
君はその度に薬指を 濡らした
僕はイハイ山の山腹から
その様子を見ていた
ハルノアラシは村を薙ぎ払い
やはり
たくさんの悲しみと
狂気を生み出した
僕はそれを眺めていた
何もできなかった
ただそれだけだった
……
もうじきここにもハルノアラシがくる
約束したイハイ山の洞窟で
健気な君は僕の帰りを待っていて
温かい夕餉の火を焚いている
あの
君の家を焼いた炎のように
ごうごうと
ごうごうと
そこはきっと最後の楽園で
僕と君の唯一の遊び場だから
必ず僕はそこに帰るだろう
そうして
僕が帰った楽園で
君がどんな声をあげ
たとえ
どんな声を失おうとも
ハルノアラシは
すべてをかき消してくれる
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