〈4〉
翌週の火曜日になってぼくは会社に行った。
社長はいなかった。上司もいなかった。
彼が出社してくるのはいつも11時過ぎだからだ。
経理さんは10時に来ているはずなので行ってみたら、やっぱりいた。
ちょっと驚いた顔をしたが、コーヒー入れるからと打ち合わせ室に通された。
ぼくのデスクはもう片付けられていて、段ボール箱が一つだけ置いてあるのが見えた。
打ち合わせ室で待っていると、経理さんが誰かと話していた。
多分社長に電話しているんだろう。
しばらくして、わかりましたと切ったのが聞こえた。
この部屋はいつも落ち着かない。
だいたいは怒られるかなじられるかどちらかだ。
いい思い出はない。
あ、一つだけあったかもしれない。
デザイン部の女子と二人だけになったことがあった。
いい匂いがした。ほんの30分ぐらいのことだけど、あれはよかった。
デザイン女子は、いつか一緒に駅まで帰ろうと思っていたのだけど、なかなか時間が合わなかった。
たまに遅くまで残っているので、さりげなく待っているのだけど、そういうときに限って社長や上司が戻ってきた。
いつもは直帰のくせに。ついてない。そのうち女子は辞めてしまった。
ドアが開いて、経理さんがコーヒーを持ってきた。
ミルクはいるかと聞くので、いると答えたが、何度同じことを聞けば気が済むのだろう。
いい加減覚えてほしいと思ったが、今さら言っても仕方がない。
コーヒーを置くと、彼女は、ぼくの前に座った。
ちゃんと顔を見たことはなかったが、意外に整った顔立ちだった。
そういえば、今まであまり話したことはなかったな。二人きりということもなかった。
社長も上司も立ち寄りで昼過ぎの出社になると、経理さんは言った。
そういうときは単に遅刻しているだけなのは知っている。
だからこの時間に来たんだから。
経理さんは、会社を本当にやめるのかと聞いてきた。
やめますと答えた。そこはもう決まっていた。
経理さんはわかったと言って、書類を取りに行った。
経理さんは、有給はもともと残ってないこと。
退職を宣言してから、一ヶ月勤務する気がないなら、最後の給与は出ないこと。
そして、月末までに退去することをぼくに言った。
退職金はいくら出るのか聞いたら、びっくりした顔でそんなものはないといった。
全くないのかと聞くと、制度がないと言った。
つまりぼくは金もないのに、来週の末までに部屋を出なければならないのだった。
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