アーネスト

小林TKG

小説

3,774文字

古賀コンの5に出したくて書いたやつです。

待ち合わせていたカフェに入ると、既に相手、各務は窓際の席に座っていた。彼は本を読みながらコーヒーを飲んでいた。

店員が来て、お一人ですか、と聞いてきたが待ち合わせですので。と言って私は各務の元に向かった。

各務の向かいの席に座る。各務が本から顔を上げた。ああ、片山、来たの。と言った。

「久々だな」

うん。各務はそう言って本を閉じるとカバン、テーブルの下の収納ボックスの中に入っているカバンに本を入れた。私は収納ボックスは使わず自分の荷物は隣の席の椅子に乗せた。

静かなカフェだった。初めて来たカフェ。客は自分達の他にはいない。時間的な事でそうなのか、それとも元々こういうカフェなのか知らない。各務の向こう側、窓の外は曇り空で薄暗かった。今にも雨が降り出しそうだった。

「急に電話が来て驚いたよ」

各務はそう言ってコーヒーカップに残っていた中身を全部飲みほした。その時、各務の喉元が大きく見えた。襟元に細かい傷がいくつもあった。ひっかき傷のように見えた。

「お互いもういいおっさんだな」

私はそれには触れず、話を始めた。

各務と私は地元の、学生時代の友人だった。どちらも学校を卒業すると関東に出て就職した。最初の頃は休みの日に会ったりもしていたが、やがてそんな事も無くなっていって会わなくなった。お互い忙しかったり、休みが合わなかったり。まあ、色々とあった。当時、住んでいた千葉から埼玉に引っ越して、それでもう本当に疎遠になった。去年だったか一昨年だったか、年末年始実家に帰省した際、母親から、

「あんたが学生の時に仲良かった各務君のお父さんが亡くなったんだって」

と聞かされた。それにも何も思う事は無かった。それ位、疎遠になっていたのだ。年賀状のやり取りなどもしてない。その話を聞いても、ふーんとしか思わなかった。各務の父がどういう顔だったのかも覚えてない。知らない。子供の頃の話だ。

「今はどこに住んでるんだ」

「ああ、近くだよ。この近く。ちょっと向こうに雑司ヶ谷霊園があるんだ。知ってるか」

「いや知らない」

「永井荷風の墓とかがあるんだぜ」

「そうなのか」

「他にも夏目漱石とか、竹久夢二とかさ」

学生時代、本などの類は読んでいなかった。それは各務も一緒だったと思う。

「あと、東条英機とか、ジョン万次郎とかさ」

どちらかと言えば、私も各務も活発な方ではなかったかと思う。いや、まあでも、あれから何年経っているんだという話だろうな。私だって今はもう活発とは言い難い。

「それでここに呼んだのか」

「まあ、池袋も近いしな。お前も便がいいんじゃないかと思ってさ」

一度も来たことの無い、チェーン店とかではない。初めてのカフェ。静かなカフェだった。

「この前の道に走ってるのは何線だ」

「都電荒川線だよ。工事してるな」

池袋からここまでは歩いてきた、なんとかと言う通りを抜けたらミニストップがあるから、と前もって言われていた。そんで見せる線路を越えて。その先にカフェがあるから。と。

「大規模に何の工事をしているんだこれは」

「知らない」

そんな話をしている内に注文していたコーヒーが来た。私は一杯目の。各務は何杯目なのか知らない。

それで、私がそのコーヒーを一口飲むと、各務が言った。

「何にし来たんだ」

 

「座右の銘?」

「うん。そうなんだよ」

「そんなものを聞きにわざわざ来たのか。久々に」

ついこの間、古賀コンの5が開催されるというのをXで見た。テーマは第一座右の銘。しかし私はそれを見ても本当に何も思い浮かばず、だからどうしたもんかなとなった。そしたらその時になんとなく、ちょっと前に実家の母から連絡が来たことを思い出した。

「高校の時に仲良かった各務君が最近なんか元気が無いって各務君のお母さんにこないだタカヤナギであった時にいわれたんだけど、あんた今も会ったりしてんの?」

まさか。と返答した。関東に来た最初は休みの度に会ったりしていたけど、今はもう会ってないよ。と。

「ちょっと様子見てきてくれない」

いやいや、今どこに住んでいるのかも知らないよ。あれえ、アンタだば、薄情だごと。あんたに仲よぐしてだのに。母親にとっては今も私は各務と仲良く遊んでいるのだろう。母親というのはそういうものだと思う。どこかで、私が学校を卒業するところで時間が止まっている。

その事を思い出して久々に連絡した。携帯の番号が変わってたらもう何にも出来ない。そう思っていたが各務は電話に出た。

「はい」

「各務か」

「片山?」

久々だなあ。どうした急に。そんな事を話した。今どこに住んでいるのか聞くと、雑司ヶ谷だという。それで、古賀コンの事もあったし、人と会って話を聞いてみるのもいいのかなと。そう思った。会えないかと聞くと、どうしてだと言われた。久々だからだよ。母親から言われたことは黙っていた。すると構わないと言われた。

「池袋から少し歩くが大丈夫か」

「大丈夫だよ」

Googleマップで見ると雑司ヶ谷は池袋から歩いて行ける距離にあった。

 

「それで、そのコンテストになんか出したくて、わざわざ来たのか」

「そうなんだよ」

窓の外を見ると、いつの間にか雨が降っていた。しとしとと音のしない雨だった。

「テーマはなんだっけ」

「第一座右の銘」

何なんだそれ。各務はそう言った。ちなみに、あまり人に、今、自分がそういう事をしている。だから、何かを書いてネット上にあげてるみたいな話をした事は無い。職場の人には一切言ってない。だから不思議というか、恥ずかしいというか、なんか色々とこみあげてくるものがあった。他人に話した事のない事を、各務に、久々に会った、長い間、不義理、疎遠になっていて、久々に会った各務に教えてしまった。

「他人は鏡だな」

「え」

内部で色々と感情が上下左右に動き回っていて、最初分からなかった。顔をあげると各務がこちらを見ていた。

「第一座右の銘だよ。お前それを聞きに来たんだろ」

「うん。なんて」

「他人は鏡だよ」

他人は鏡。

「人の振り見て我が振り直せとか、そういうのじゃないか。それをもっとコンパクトにしたやつだよ。他人は鏡。俺の第一座右の銘」

どうしてそれが。

「ゆずの歌にあったんだよ。そういう歌詞が。他人は鏡とは言ってなかったかもしれないけど」

「ああ、ゆず好きだったなあお前」

学生時代。思い出した。お前からゆずえんのアルバム借りたことあったなあ。サヨナラバスとかなあ。

「他人は鏡だなって思うんだよ。というのもさ」

各務はそう言って話し始めた。雨は相変わらず降り続いていた。空がさっきよりも近く感じた。雲が。低い所に来ている気がする。

昔、働いてた職場に、嫌な上司がいてさ。偉そうなさ。それがまあ、語るんだよな。

「そんなの」

うちにもいたよ。その人が嫌いで千葉の職場辞めたんだから。

そいつはさ、あいつは馬鹿だとかさ。こいつは馬鹿だとかさ。そういう事を言ってたんだよ。ニュースとか見てさ。コンビニ強盗が居たら、そんな事をするやつは馬鹿だとかさ、高速道路を逆走する老人のニュースを見ては、そんな奴は馬鹿だとかさ。

「そういう事をよく言っててなあ、嫌だったんだよなあ。嫌いだったんだよ」

わかるよ。

あと、自殺した人の事とかも言ってたよ。自殺なんてする奴は馬鹿だってさ。どうして自殺なんかするんだ。馬鹿じゃないのかって。って。

「そういう人は、でも、良くいるだろうに」

でも、それでさ、それなのにさ、ははは、各務は笑った。

「そいつも自殺したんだよ」

それで、

そこに納められてる。

そこ?

そこだよ。

「雑司ヶ谷霊園に」

だから、まあ、思ったんだよな。恥ずかしいなって。恥ずかしいだろ。だって。自殺するやつなんて馬鹿だって言ってたくせにさ。

自分も、自殺したんだぜ。

「俺、絶対にそんな奴になりたくないって思ったよ」

だって、恥ずかしいだろ。

散々、人の、他人の事、自分に関係ない人間の事まで、馬鹿馬鹿言ってたくせにさ。

自殺したんだぜ。そいつ。

何でか知らないけどさ。

それでさ、

他人は鏡。

なるほどなって。

俺はああなりたくないなあ。

ってさ。

思ったんだよなあ。

それで、

「お前は雑司ヶ谷に住んでるのか」

もしかして。

雑司ヶ谷霊園が近いから。

その上司が死んで収められている。

雑司ヶ谷霊園が近いから。

ここに住んでるのか。

「そうだよ」

各務はそう言って笑った。だって。忘れたくないだろ。そう言って笑った。

それにさ、

これもそれと似たような気持ちで読んでたんだ。

各務はテーブルの下の収納ボックスのカバンの中から本を出した。さっき読んでた本。ヘミングウェイ。

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ。

老人と海。

 

「ヘミングウェイも生前、いくつも名言を残してるんだろ」

例えば、

 

あちこち旅をしてまわっても、自分から逃げることはできない。

 

とかってさ。

 

「それで自殺したのかな」

事故だなんだって言われてるらしいけど、でも自殺したんだろ。

 

「お前も気を付けろよ」

各務は言った。そう言う事してるんだったなおさら気を付けろよ。

 

間違っても、

 

この世は素晴らしい。戦う価値がある。

 

なんて事は書くなよ。そんなん書いておいて、自殺なんてしたら、そんな事になったら、お前、

 

そんな事になったらお前、

 

そんな事になったら、

2024年6月3日公開

© 2024 小林TKG

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