「彼」の話(2)

ヘルスメイク前健

小説

1,725文字

2008年作品。『唇は赤ければ赤いほど赤い』収録。

「彼」は、政治的野心を胸に、近くの某選挙事務所に出入りするようになった。そこの候補者のマニフェストは良かった。

「人間が自分の出す尿を飲み、自分の出す糞を食らう。これすなわち『エコ』の真髄なり」

候補者は、衆議院総選挙で惨敗した。やはり、マニフェストどおり自分の糞を実際に食べながら選挙活動しなければいけなかったと「彼」は思った。さすれば……。

それきり「彼」は、政治の世界からは離れた。小さな欺瞞を許せず。

スパゲッティは、ナポリタンが上々と「彼」は思った。なぜなら、軽薄だから。

軽薄な世を生き永らえた「彼」のとる道は、やはり軽薄だった。つまるところ、人生は、世に比べての比重は軽くならないのだ。奇怪でもなんでもないことである。スケベだ。好ましいスケベだ。いや、本当に好ましいのだろうか? あとで老師に聞いてみればいいのだ。

「この電灯は、明るいからいいぞよ」

「へーい」

という会話がむざむざと「彼」の気持ちを楽にさせたのであった。さむざむと。

国の教育は、芝居にかかっているようだ。「彼」の老師も「彼」にとって輝いて見えたのは「彼」が六歳ぐらいまでだろうか。

ここからが重要な話だ。

幸せの青い鳥が常に「彼」のそばにいたのだ! 

「彼」の家を訪ねてくる人の数は大変なものだった。チルチルミチルがやってきたり、大元帥がいらっしゃったりした。皆が満足そうに、そして幸せそうに帰ってゆくのを幼い日の「彼」は幾度となく見た。確かにその青い鳥は、人々を幸せに至らしめる何かを持ってるようだった。

しかし「彼」自身は幸せではなかった。少なくとも幸せな気分には到達しなかったのだった……。

確信をもって「彼」は叫んだ。白魚は永遠性を持っていると。等式で証明され得るであろうことを。高杉晋作のような肝っ玉母さんが現出する現象の鮮明さを。正式な高等教育を受けると、予備の人間になれる。「彼」は確信。

「兄さん、もっと一緒に遊ばんかね」

遊女が言った。

「彼」はもう、遊ぶ自己に嫌悪感を抱いていたのだが、遊女に冷たい言葉を吐くのはためらわれたので、口を濁した。「まあ、近いうちに遊びに来ますよ」と。

言ったあと「彼」は後悔の念に駆られた。あまりにも、かりそめの誤魔化しに。

正しくない行為は、自分自身に復讐される。さながら、ロックンロールと塗り絵を愛したかつての少女のように……。

美しい国、ペルー。リフレインが飛んでゆく自殺者の隊列美しきかな。ベベベン、ベベン、自殺者の指が腐って落っこちたよ。

手がベタベタしている「彼」。どうなるか? 捏造記事の作成に青春を燃やすであろう。美しい国、トルクメニスタン&バチカン市国。

とりとめなき人生、決着をつけるべく、室蘭のチキウ岬へ行く計画。……頓挫。だから、とりとめのないままと相成る。

キスの味は何の味? 塩の味! ……アウト! セーフ! よよいの、よい! 刑事訴訟法の条文を十個以上、確実に記憶せよ!

雨が上がった! やった!

クエン酸を溶解してスリーピースのギターが奏でるベベン調のリズムに呼応した選手の人選采配に続く殺害を考慮に入れて作った左大臣の位を守るべく、つくづく抱擁の儀を無難に済ませようとする俗人たちの計り知れぬ努力の結晶が、冒涜に近い米価の値下げに直結するのであるが、乳を吸う動作には、ほとんど関連性のない税務署の役人の意味不明さに惑わされているのだ。

狂った野菜たち。自己のファミリーを地底から脱出させんがためにブツブツ独り言。「彼」は、いいと思った。いいんじゃないですか、と。

「ホチキス、プリーズ! 痛いです、指が」

まだまだまだまだまだまだまだまだまだ……。

落ち着きを取り戻さないといけない。もっといえば、リラックス。リラックス状態が人にとって最も肝要。であるからして、ちょいとそこにある缶ビールを……。って、我慢、我慢。なんとか「彼」は凌いだ。

さんざめく、さんざめく、さんざめく世の中! ブリに恋して明日へと急ぐ、踊る芸者は芸者じゃない! 

怒りに満ちた「彼」は、皿を思いっきり床に叩きつけた。皿は割れなかった。高価な皿なので頑丈にできているのだろうか。もう1回叩きつけても割れなかった。

面白い現象だ! 面白い、面白い。二十四時間、面白い!

 

そして「彼」は息絶えた。

 

2023年3月27日公開

© 2023 ヘルスメイク前健

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