転がる岩。

合評会2022年11月応募作品

松尾模糊

小説

3,320文字

夫婦岩から生まれた子供岩、まるの冒険譚。海岸でみる夫婦岩に子どもがいたらどうなるのだろうか、と思って書きました。【対象年齢】五歳以上。11月度合評会テーマ「童話」応募作。合評会は現地参加予定です。

ヤポンヤポン……ザッバーン! 大きな波が大きな岩にぶつかって二つ、三つ、四つにわれてはまた一つにもどっていきます。波はあわあわになっておきへと戻っていきます。お父さん岩はそんなあらあらしい波にもびくともしない、たくましく大きく、太いからだでどしりと波のゆくえを見まもっています。お母さん岩はそのとなりでうつくしく、しとやかでなめらかなからだで、その表情ひょうじょうはおだやかなほほえみをかべています。そのふたりの間に、まるは生まれました。ぽこんと、つるつるで真ん丸なからだから「まる」と名づけられました。
「ねえねえ、あのお波さんたちはどこへいくの?」まるは、お父さん岩に当たってわれる波が引き返していくようすを目で追いながらたずねます。
「波はどこにも行かない。行ったり来たりしてるだけだ」お父さん岩は低く野太のぶとい声でこたえます。
「波さんは、あなたと同じ海さんの子どもなの。こうやって遊んでるのよ」お母さん岩はまるに優しく語りかけます。
「ぼくとおなじ……」まるはまるで違う見た目の波をふしぎそうに見つめました。
「なに見てんだよ!」とつぜん、波がザップーンとまるの体を飲み込みました。
「いけない!」「まる!」お父さん岩とお母さん岩が同時に叫んだときにはもう、まるは波にさらわれて見当たりませんでした。

まるは海水を飲み込み、気を失いました。コロコロコロコロ転がるまるを見て、波は笑いながら岸へと走りさりました。
「おい! きみ、しっかりするんだ」大人の声が聞こえて、まるは目を覚ましました。目の前には黒い真珠しんじゅのような球体きゅうたいがキョロキョロ動いています。
「わあ!」とまるは声を上げました。まるの口から出た空気の泡がぷくぷくと海面に浮かんでいきました。
「よかった、無事だね」真珠のようにつぶらなひとみ頑丈がんじょう甲羅こうらを持つ、うみがめのおじさんは平らな前足でせまいひたいをかいて、ほっと息をもらしました。
「おじさん、だあれ?」まるは、ぐるぐると彼の上を泳ぎ回るうみがめのおじさんを見上げます。
「わたしは通りすがりのうみがめだよ。坊主ぼうずはいったい、どこから来たんだ?」うみがめのおじさんはひょいと彼の甲羅の上にまるの体をのせてぐるりと一回りしました。辺りを見回してまるは困りました。赤や黄色や緑、青色いろとりどりの珊瑚さんごやタツノオトシゴ、ひょろひょろと泳ぐウミヘビ、四角い体をもったハコフグなど、見たことのない海の住人たちがふしぎそうな顔でまるに目を向けていました。
「ここはどこ? お父さんとお母さんは? 波さんを見ていたらここにいたの」まるは少し目に涙を浮かべています。
「あーあーあーあー、わかった、わかったから泣かないで」うみがめのおじさんは困った顔で前足を甲羅の上に伸ばし、まるの頭を優しくなでました。
「とにかく、おうちに帰ろう」そう言って、うみがめのおじさんは海面の上まで行きました。海の上には日の光がまぶしくきらめいています。青い大空をかもめさんたちがゆったりと飛んでいました。
「おーい! かもめらよ、この坊主がどこから来たか知らねーか?」うみがめのおじさんは、大きな声で空を飛びまわるかもめさんたちに聞きました。
「このあたりでは見たことのない顔ですね……もっと浅瀬あさせのほうから来たんじゃないですか?」メガネをかけたかもめさんは右の羽先でめがねをくいっと上げました。
「そうだよなあ……」うみがめのおじさんはまゆを寄せて浅瀬の方を見ました。
「どうも波の悪ガキどものイタズラみたいなんだ」
「ああ。なるほどね……じゃあ、きっと浅瀬だよ。あ、でもちょっと待って……むこうの沖でカミナリ雲があばれていたな」かもめはそう言って、青空の遠くでモクモクと黒く渦巻うずまくカミナリ雲さまを指差ゆびさしました。
「あんな遠くから流れてきたってのか?」うみがめのおじさんは驚いて、真珠のような目玉をさらに丸くしました。
「しょうがねえなあ。むこうまで連れてってやる。しっかりつかまってな」うみがめのおじさんは大きな黒い雲がうずまくほうへ向かって、海中にもぐってスイスイと泳ぎ始めました。まるはあわてて、その甲羅にしっかりとつかまりました。んだ海中では、赤いタイや銀色にきらめくイサキなどお魚さんたちが自由気ままに泳ぎ回っています。まるが海底かいていでゆれる昆布こんぶの間でかくれんぼをしているお魚さんたちに見とれていたときでした。その後ろから黒いかげが飛び出し、お魚さんを飲み込みました。さんかくのとがった背びれで海中を切りさくように泳ぐサメです。サメ氏はお魚さんたちではあき足りず、まるに向かって突進してきました。
「たべられちゃう! はやく、逃げて!」まるはうしろでギザギザになったをむき出しに迫るサメ氏を振り返りながらさけびます。
「これが全速力ぜんそくりょくなんだ、べらぼうめぇ!」うみがめのおじさんは大声で返しました。
「うわー」まるが目を閉じ、サメ氏はまるの頭にその歯をつきたてました。ところが、まるのかたい体はサメ氏の歯ではびくともしませんでした。
「カタっ、食いもんじゃねえのか、クソがっ! 覚えとけよ」サメ氏は欠けた歯が海底に沈んでいくのを悲しげに眺めて逃げていきました。

ほっと一安心ひとあんしんして、まるはほの暗い海の底でうとうとしていました。
「おい! 坊主、起きな、ここまで来れば大丈夫だろう。こっからは一人で行くんだ」うみがめのおじさんはそう言って、まるを甲羅から降ろしました。重いまぶたをこすりこすり、まるはしんとした海の中をぐるりと見回しました。すっかり日はれて、夜空をうつすかがみのように海はいあい色をしています。大小だいしょうの岩かげでお魚さんたちはコクリコクリと眠りに落ちています。いそぎんちゃくや、昆布は彼らのお布団みたいに寄りそっています。見覚えのあるような、ないような景色にまるはとまどいます。
「待って! お父さんとお母さんは?」
「坊主、ここをまっすぐだ。そこにお前のおっかさんもおとっつぁんもいる。さいごまで連れて行ってやりたいところだが、もう戻らなきゃいけねえ。すまねえな」うみがめのおじさんはそう言って、もと来た方へ引き返して見えなくなってしまいました。

ここからは一人です。まるは泣きそうになるのをこらえるために、歯を食いしばりました。そろりそろりと砂をかきわけながらゆっくり進みます。しーんとした海底では砂がい上がる音さえもサラサラと聞こえてきます。
「なーんだ、戻ってこれたのか、つまんねーな」波が意地いじの悪いかおを近づけてきました。「もう怖くなんてないさ! お父さんとお母さんがすぐそこにいるからね」まるは強がってむねりました。
「はーん。どこにいるってんだ? ウソつくなよ」波はまるを小突きます。
「やめろ!」まるは波からのがれるように転がりました。

「うるせーなあ! こんな夜中まで起きてる悪ガキにはお仕置しおきがひつようだわあな」海底がうずまいて波もまるももろとも飲み込みました。まるはあっという間に海底から海の上に投げ出されて、竜巻たつまきにのって空をぐるぐると飛び回ります。カミナリ雲さまのイカズチのやりがまるの頭上をピカッと照らしました。まるは恐ろしくて声も出ませんでした。波は竜巻に吸い上げられて目を回して気を失っていました。海の方からブオーンと大きな音がしました。白い巨大きょだいなクジラさんがまるを大きな口を開けて飲み込んでしまいました。
「マーズーイー」クジラさんは叫んで、背中せなかのあなからまるをしおと一緒に吹き上げました。まるは夜空に打ち上げられ、星さんたちのかがやく中をゆっくりと落ちていきます。
「わー」まるは、おもわず目を閉じました。
「まる!」聞き覚えのある声に目を開けると、お父さん岩とお母さん岩がまるを抱きとめていました。
「よかった……ぶじで」お母さん岩はなみだぐんでいます。
心配しんぱいかけるな、もう沖には行っちゃだめだぞ」お父さん岩は少しおこっています。
「はーい……でもね、ぼくはもう一人でも泣かないよ。それにうみがめさんや、かもめさんや、クジラさんやはじめましてのひとたちにたくさんあったよ。それから、星さんが目の前……」
「はいはいはい。もうおそいから寝なきゃ、また明日ね。おやすみなさい」
まるはお父さん岩とお母さん岩を結ぶ、大きなしめなわの下で安心して目を閉じました。

2022年11月10日公開

© 2022 松尾模糊

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"転がる岩。"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2022-11-18 23:20

    夫婦岩が子供を産む発想が素敵です。うみがめのおじさんとか、メガネをかけたカモメさんとか、まるちゃんに食いつくサメ氏とか、紙芝居にしたら子供たちがドキドキハラハラ食い入るように見つめそうですね。
    うみがめのおじさんが、関西弁になったり、べらんめえ言葉になったりするところ、個人的に大受けしました。

    • 投稿者 | 2022-11-20 09:00

      カラフルな画ばかりで楽しいです。まるが受け身すぎる気がしますが、まあ岩だし仕方ないかな、と。成り行きに任せるという大事なことを伝える童話もアリだと思いました。

  • 投稿者 | 2022-11-19 09:33

    みずタイプはいわタイプにばつぐんなので話の展開はしっくりきましたね。
    夫婦岩は子供がいなくなったんだからもっと一生懸命探してやれよ、と思いました。

  • ゲスト | 2022-11-19 20:13

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    • 投稿者 | 2022-11-20 10:41

      「これが全速力なんや!」で笑いました。突然の関西弁。と、同時に5歳児にこの面白さが伝わるだろうか……というマジレスが浮かびました。
      くじらの潮で吹き出されるならまるは相当小さいですね。関係ないですが、知り合いの家の猫の名前が「まる」なので猫が浮かびました。
      あと、重箱の隅をつつくようですが、ルビの基準がわからなかったです。何か法則はありますか?

  • 投稿者 | 2022-11-20 09:05

    冒険譚は鉄板ですね。伊勢にある夫婦岩の間には小さな岩は潮位によって見えたり見えなかったりします。その辺から発想を得たのかしら。

  • 投稿者 | 2022-11-20 09:18

    岩の話でしたけども、私の中では読んでいるうちにあれになりました。手ぶくろを買いに。そしたら最後それっぽい感じの事をまるが言いだして、うひゃああってなりました。ありがとうございます。

  • 投稿者 | 2022-11-20 12:58

    正統派の童話。うみがめおじさん、関西弁になったり江戸っ子になったりしているけど、生き生きしたキャラクターがよいと思う。アニメで見てみたい。

  • 投稿者 | 2022-11-20 15:31

    絵本系動画として読むと、とても楽しい冒険譚なのでは。子供に読み聞かせしたい作品

  • 投稿者 | 2022-11-20 20:27

    ホッコリして面白い話でした。

  • 投稿者 | 2023-01-09 18:47

    まるの両親がしめ縄で結ばれている、というのがなんだか非常にグッと来ました。まるは小さいけれど、マリモみたいに徐々に大きくなったりするんでしょうか。童話に限った話ではないですが、石・岩のような無生物も当然のように生物的な扱いを受けられるのがいいなーと思います。

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