あのひと

かきすて(第40話)

吉田柚葉

小説

1,475文字

最近苦い飲み物が飲めなくなりました。コーヒー牛乳とか美味いです。

あのひとはいいひとだと言うひとに、いや、あのひとはほんとうはいいひとではないと指摘するのはまちがっている。それはわかっているのだがどうもこれだけあのひとへの認識に齟齬があると、つい、いや、と口をついて出そうになる。あるいはあのひとがふたりいるのだろうか。わたしのしらないあのひとはめのまえの夏菜子が言うとおりのいいひとなのかもしれない。だとすれば見たこともきいたこともないひとのはなしとして夏菜子が矢継ぎ早にくりだすあのひとへの賞賛のことばを耳にいれるべきである。
「で、夏菜子はそのひとのことがすきなのね」
「そのひとってなによ、あんたしってるでしょ」

と言って夏菜子はふふふとわらう。「すきかも」

もうひとりのあのひとは夏菜子がすきかもしれないひとになる。夏菜子のせかいの住人となったあのひとは夏菜子のもうそうがうみだした架空のじんぶつと見えるがもうそうであろうともかのじょにとってはたしかにそんざいするあのひとでありわたしが手をのばしてもおそらく夏菜子がすきかもしれないひとにふれることはかなわない。わたしの手がとどくのは違法賭博で莫大な借金をこしらえた、つきあうおんなつきあうおんなに手をあげるさいていのおとこである。あべこべに、わたしのせかいのあのひとが手をのばして夏菜子にふれることがあるかもしれない。そのとき、夏菜子のすきかもしれないひととわたしの知るあのひとが出会って対消滅すればいいのにとおもう。

2022年3月19日公開

作品集『かきすて』最終話 (全40話)

かきすて

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© 2022 吉田柚葉

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