滝川先生がろ紙とビーカーでコーヒーをいれてくれた。紙コップについで、ぼくと飯豊さんに手わたすと、滝川先生は、まどのそとに目をやって、
「春だね」
と、たしかきのうも言っていたことをくり返した。そとは小雨がふっていた。校庭のさくらがそれをうけて、いろっぽくちんもくしている。
「部員がふたりになってしまいましたね」
と飯豊さんが言った。
ぼくと飯豊さんはおなじタイミングでコーヒーに口をつけた。ぼくはじぶんの顔がほてっている感じがしたので、それをふたりにさとられないために紙コップに手をのばしたのだった。となりから、飯豊さんのけはいがにおいたっていた。
「砂糖あるよ」
と滝川先生は言った。「持ってこようか」
「わたしはだいじょうぶです」
「ぼくもべつに……」
とぼくは言ったが、できれば砂糖がほしかった。
「すんません」
はいごから声がした。ふりむくと、少々からだに合っていない制服を着た、やけにりりしい眉毛の男子生徒が、理科室の入口にたっていた。
「ああ、見学。一年生かな」
と滝川先生は言った。男子生徒はうなずいた。
「いま、先生がコーヒーをいれてくれたの」
と飯豊さんが言った。男子生徒は滝川先生のとなりにすわった。それから、コーヒーのはいった紙コップを滝川先生からうけとった。
「せっかく来てくれたのにあれだけど、きょうの理科部の活動は、これをのむだけなんだ」
と滝川先生はあたまをぼりぼりかきながら言った。男子生徒は紙コップに口をつけて、
「おいしいです」
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