ピン・チーリンと背びれザメ

島田梟

小説

6,238文字

少年ピン・チーリンは、無人島で背びれザメと遭遇する。本人が言うには背びれしかないらしいが、本当にそんなことがあるのだろうか?疑いながらも、何だかんだでお世話になるチーリン。そして……

これまでの人生において、ピンチーがサメに依存しきった生活を送ったことは、今までありませんでした。朝と昼に砂浜に行くと、だいたい三匹ほど魚が暴れていました。サメは背びれをのぞかせる日もあれば、のぞかせない日もありました。

のぞかせる日は、サメとおしゃべりをしました。海底の様子や、生意気な小魚については饒舌なサメでしたが、体がない理由については重く口を閉ざしました。

サバイバルとしては快適と言って良いでしょう。ただ、これが一週間も経つと、自分はサメに生かされているのだ、という気持ちになり、落ちこみました。最初に着ていた服はくさくなり、大人の服で代用しました。ぶかぶかです。仕方なく、結んだり、裂いたりしました。サメはピンチーの着こなしをあれこれ批評しました。たまに見かける海中の人間でも、もっと洒落た服を着ているぞ、と。

「それって、死んでるの?」

「噛んでないからわからない」

サメはぶっきらぼうに答えました。

ピンチーはある質問をしたくてたまりませんでした。でも、それを聞くのはとても勇気がいることでした。

「食いたいなら、持ってこようか」

「いらない!」

「だよな。人間ってクソまずいから」

サメの訪問は不定期でした。三日連続で来る日は話し相手に困ることはなく、とても楽でした。それが一日おきだったり、三日おきだったりすると、もう二度と来ないんじゃないかと不安になりました。どうしてもダメな時は、服を着せた木に話すこともありましたが、すぐに飽きました。

いつしかピンチーの髪はボサボサになり、ファッションも腰巻きで済ませるようになりました。最初はビクビクしていたピンチーも虫を噛みつぶし、ジュースのように甘い汁を出す木の実を割るのも上手になりました。あとは助けが来れば言うことなしです。

「何してるんだ?」

「SOSって砂に書いてる」

「誰が見るんだ?」

「空から」

書き終わると、ピンチーは『O』の真ん中に座りました。

「見えないと思うけどなあ」

そんなことはピンチーにもわかっていました。しかし、他にやれることはなかったのです。

「天国に行ったら、誰かいるよね」

ピンチーの頭は希死念慮でいっぱいでした。

「さあ。行ったことがないから」

「僕のこと食べてよ」

まっすぐ背びれを見つめる目は、本気でした。

「背びれしかないのに、どうやって」

ピンチーは首を左右に振りました。

「本当は下、あるんでしょ。それくらいわかるよ」

サメはしばらく黙っていましたが、背びれを半分海水に浸してこう言いました。

「ばれてたか」

ピンチーは波打ち際に寝そべって、さあ来いと言わんばかりに、握りこぶしを胸に置きました。

「わかったよ。俺とお前は友達だ。友達のリクエストは聞いてやらないとな」

ピンチーは横を向き、背びれが近づくのを見守ります。今か今かと待ち構えていましたが、サメは散歩でもするように上陸してきました。凶暴な歯、厚い胸びれは持っておらず、人間の手足を持ち、きちんと海パンをはいていました。

知らないおじさんなら、「びっくり!」で済んだことでしょう、そのおじさんはなんと、ピンチーのお父さんだったのです。

エロ本を読む現場をおさえられた時でも、これほど気まずい思いはしません。ピンチーはお父さんからのあいさつを律儀に返し、立ちあがりました。

お父さんは背負っていた背びれを投げ捨て、息子を抱きしめます。背びれはその先端が砂地に突き刺さりました。

「どうした、嬉しくないのか?」

「嬉しくないこともないけど」

「お父さんがあれしきで死ぬわけないだろう」

お父さんは笑って、さっきよりも強く抱きしめました。やっぱりサメの方が良かったとピンチーは思いました。

それでも念願の親子の再会です。ピンチーとお父さんは夕日が沈む直前まで語らいました(と言っても八割方ピンチーの質問攻めでしたが)。お父さんは、男らしくなったとピンチーを褒めながら、自分は一切誠実に語ろうとしませんでした。これは男らしくありませんね。

「答えてよ!」

ピンチーはとうとう爆発しました。お父さんはと言えば、つるりとした頭をかき上げて余裕の態度です(言い忘れていましたが、彼はハゲです)。

「明日になったら話してやろう」

「今じゃダメなの?」

「父さん、口下手だから。お母さんにも良く言われたよ。おっと、お母さんのことも明日だ」

頑張っても全く手応えがなかったとわかり、ピンチーはどっと疲れが押し寄せるのを感じました。

「子供は寝るのが一番だ。父さんもサメをやってて、かなり疲れたよ。寝なさい、良い子だから」

抗いもせず、忠告を素直に聞いて、ピンチーは眠りにつきました。お父さんがメイキングした服のベッドは寝心地が良く、あっという間に、深い眠りに落ちていきました。

お父さんはすやすや夢の世界で遊ぶ息子の二の腕を触りました。脇腹を歯でなぞりました。どこが美味しいかな、と考えながら。

もちろんお父さんは冗談で考えています。でも、本気と冗談の区別がつくと自信を持って言える人が、この世の中にどれだけいるでしょうか?

日がすっかり沈んでしまいました。お父さんの夜の行動が気になるところですが、それはまた、別のお話。

 

〈了〉

2020年7月22日公開

© 2020 島田梟

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